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(3)全開ガール [ドラマレビュー]

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『 全開ガール 』
第3回
( 2011年 フジテレビ 公式サイト
演出:谷村政樹 脚本:吉田智子 出演:新垣結衣、錦戸亮

『やまとなでしこ』(2000年)とのシンクロが鮮明になってきました。
このドラマが企画された発端はおそらくこういうことでしょう。
本作のプロデューサーが『やまとなでしこ』というドラマが大好きで、
企画が搾り出せない中、オマージュ的な作品で1クール埋めようとしたということです。
不純だなぁ・・・もちろんこれは私の推測ですけど、そもそもこのことはプロデューサーの脳内の話だし、
そんなことを公言するわけもないので、作品を観て導き出された視聴者の憶測はある意味「真実」だと思います。
つまり、本作はそう思われても仕方がない作品だということです。

そんな中、脚本を担当している吉田智子さんは、
根本的な制約の中で必死に『やまとなでしこ』との差別化を図ろうとしているように私には見えます。一般的な感覚として、
過去の名作ドラマとの類似という指摘の矢面に立たされるのは、プロデューサーではなく、脚本担当者の方ですから、
キャリアのある脚本家のプライドとしてそのような謗(そし)りを「全開」で回避しようとするのは当然のことでしょう。

本作の特徴をいくつか挙げてみると、ひとつは法律事務所を舞台としている点です。
吉田智子さんは、前作の『黄金の豚』を見てもわかるように専門的な要素をしっかりと取材して本を書ける方ですから、
主人公の弁護士という職業を絡めたエピソード作りには、注目していきたいと思っています。
今回で言えば、インラインスケートの欠陥を指摘するクレームに対して鮎川若葉(新垣結衣)が用いた解決方法とは、
実はまったく「法律」に基づいたものではありません。もちろん私はこの業界に明るいわけではないのですが、
弁護士の日常業務においては、いかに法的手段を駆使せずに紛争を解決するかということがとても重要なのかもしれません。
若葉がこの問題を「法律」ではなく、「親のしつけ」というキーワードで解決してしまったところに、
私はむしろ強いリアリティを感じてしまいました。職業モノのドラマでは、専門用語の羅列で
無理やり視聴者を納得させようとする脚本も少なくありませんが、私はこのエピソードを見てこの脚本に好感を持ちました。

もうひとつの特徴は、子供たちの存在とそのストーリ上の役割です。
以前、『きな子~見習い警察犬の物語』(2010年 小林義則監督)のレビューで触れたことがあるのですが、
子供という存在を大人との対比で見る時、子供の感覚というものが大人のそれよりも妙に説得力を秘めている場合があります。
これは一般論として、子供というものがあらゆる事象を簡略化して見ている(=複雑化できない)ことからくるもので、
余計な情報や経験則が介在しない分、大人よりも早く物事の本質に近づけるということが往々にしてあるようです。
本作で言えば、山田ビー太郎(高木星来)は山田草太(錦戸亮)が若葉を好きになったことにかなり早い段階で気が付いており、
これが草太自身の自覚よりも早かったところは、子供の鋭敏な感覚を象徴的にあらわしていると思います。
さらに今回で言えば、桜川日向(谷花音)が若葉のことを「純粋で世間知らず」と評したのは、まったく根拠のない話ではなくて、
この脚本は子供ならではの鋭敏な感覚に着目して、大人(主人公)を定義しようとしていることが窺えます。

私は、映画やドラマに登場する子供が「子供らしいか」、「子供らしくないか」で
その脚本のレベルはある程度計れると思っていて、子供の言動が大人のそれと大差がなかったり、
物語を展開させるために都合よく子供を大人びた存在に仕立てたりする作品には一気に冷めてしまいます。
私は、第1話で桜川日向が登場するシーンを観て、直感的に本作がその種の作品になるかもしれないと感じ取ったのですが、
初回のキスを巡る描写を見ても、それが杞憂だったどころか「子供らしさ」を巧みに利用した脚本だと思うようになっています。
また、若葉が日向のことを安易に子供扱いせずに対等な立場で会話しようとするところもおもしろい趣向です。

最後にもっとも重要なのは、主人公の鮎川若葉が「全開ガール」たる所以で、
彼女が何事にも全力で取り組もうとする姿勢は、ただ単にがむしゃらにというわけではなくて、
確固とした行動論理に基づいたある種の冷静さを秘めています。
そして特徴的なのは、主人公の一生懸命さのベクトルがひとつではないところです。
若葉の行動論理のベースには、結婚や仕事において勝ち組のステータスを獲得するという目的が存在しているわけですが、
実は自分自身の生き方に一本筋を通すというところも彼女の人生にあっては重要な要素のようです。今回で言えば、
「泥んこ開き」の中止を回避すべく、あえて価値観が相容れない(と思い込んでいる)山田草太との協調体制をとったのは、
泥んこ遊びが否定されることは自分自身が否定されるに等しかったからであり、その点は若葉にとって、
忌避していた草太との関係接近を受容してまでも、譲れない要素だったということです。
つまり、若葉の行動論理とそこからくる一生懸命さは一見して矛盾する二つの要素(=自分の過去と未来)で成り立っており、
その点がこのドラマならではの主人公の魅力であり、同時にこのドラマを面白くしていく要素だと感じています。

というわけで、結局このドラマが大好きな私ですが(^^;、
テレビドラマを取り巻く現状については、改めて一言申さずにはいられません。
今クールのフジテレビのドラマ枠4つのうち、ひとつは「続編」、ひとつは「リメイク」、ひとつは「オマージュ」ということになり、
結局、企画として「純オリジナル」と言えるのは『それでも、生きていく』のみということになります。
そして、その純オリジナル作品が最も視聴率が振るわないという状況は、まさに負のスパイラルです。
本当の意味での新企画が浮かばずに「続編」「リメイク」「オマージュ」に逃げたプロデューサーの方が評価されて、
挑戦的に新しい企画をひねり出したプロデューサーが泣きを見るなんてことがあっていいのでしょうか。
こんな状況が起こってしまうのは、ひとえにテレビ局が「視聴率」という指標にこだわり続けているからに他なりません。
近年のテレビドラマが慢性的に抱えている問題の本質は、視聴率が取れないことではありません。
新しい企画を生み出せないことにあります。フジテレビにおいても才能あるプロデューサーの枯渇はいよいよ深刻だし、
才能の芽が視聴率という価値観のみで摘み取られるとしたら、テレビの未来は暗澹たるものです。

関連記事 : (11)全開ガール (2011-09-24)
(10)全開ガール (2011-09-17)
(9)全開ガール (2011-09-10)
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(2)全開ガール (2011-07-20)
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