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2012年第2四半期のドラマ [ドラマレビュー]

TermTitleKey StationCastScriptC.D.RatingOwn Rating
2リーガル・ハイフジテレビ堺雅人、新垣結衣、里見浩太朗古沢良太石川淳一12.47%★★★★★
はつ恋NHK木村佳乃、伊原剛志、青木崇高中園ミホ井上剛8.46%★★★★★
クレオパトラな女たち日本テレビ佐藤隆太、稲森いずみ大石静岩本仁志7.77%★★★☆☆
Wの悲劇テレビ朝日武井咲、桐谷健太、松下由樹寺田敏雄片山修9.09%★★☆☆☆
もう一度君に、プロポーズTBS竹野内豊、和久井映見桐野世樹村上正典8.62%★★★★
都市伝説の女テレビ朝日長澤まさみ、溝端淳平、竹中直人後藤法子星野和成9.73%★★★☆☆
 ※ 脚本担当者が複数いる作品については、トップクレジットを表記している。※ 視聴率は全話の加重平均(ビデオリサーチ社、関東地区)。

ジャニスカ的最優秀作品賞
  リーガル・ハイ
(フジテレビ=共同テレビ)
 

【 作品 】 『リーガル・ハイ』(フジテレビ)のひとり勝ちといった印象です。『はつ恋』(NHK)はあと3話を残しているのですが、おそらく評価は変わることがなさそうなので、エントリーさせています。『もう一度君に、プロポーズ』(TBS)はプロットの勝利。『クレオパトラな女たち』(日本テレビ)は打ち切りの影響が結末に露骨に現れていた感じがするので、作品としての評価を正確に下せなかったのが残念です。『都市伝説の女』(テレビ朝日)は、俳優さんのお芝居は一様に素晴らしかったのですが、コメディで遊べない監督がいたのは致命的です。『Wの悲劇』(テレビ朝日)はオリジナルのアレンジが不発。いろいろなタイプのドラマが観られて、なかなか楽しめたクールでした。『リーガル・ハイ』については当該レビューもご覧ください。

ジャニスカ的最優秀監督賞
 石川淳一・城宝秀則
(『リーガル・ハイ』)
 

【 演出 】 『リーガル・ハイ』の演出は、コメディのお手本と言ってもいいハイクオリティなものでした。同じコメディでも『都市伝説の女』の演出と比べると、その差は一目瞭然でした。コメディはディレクターと演者の遊び心がうまく機能しないといい作品にはならないようです。共同テレビにはいいディレクターがたくさんいます。

ジャニスカ的最優秀脚本賞
 古沢良太
(『リーガル・ハイ』)
 

【 脚本 】 今もっとも勢いのある脚本家はこの方でしょう。シリアスからコメディまでジャンルは問わないし、必ず裏テーマが設定されている作風で、大変見ごたえのある作品を手がける一流の脚本家だと思います。映画脚本でも実績のある方で、ますますの活躍が期待されます。早くも次回作が待ち遠しいです。

ジャニスカ的最優秀主演男優賞 ジャニスカ的最優秀助演男優賞
堺雅人
(『リーガル・ハイ』)
 綾野剛
(『クレオパトラな女たち』)
<優秀主演男優賞>
竹野内豊
(『もう一度君に、プロポーズ』)
 <優秀助演男優賞>
生瀬勝久
(『リーガル・ハイ』)

【 男優 】 堺雅人さんが素晴らしい俳優さんだということは周知のことと思いますが、今回はすごくわかりやすい形で彼のすごさが提示されたような気がします。ビジュアルから内面、思考まで古美門研介というキャラクターの大部分は堺さんが作り上げたものだったようです。特に第9話のラストのお芝居は圧巻でした。早口でありながら台詞に言魂を吹き込むテクニックは誰にも真似できないというレベルのもので、多くの人たちの心を揺さぶりました。もちろんコメディのセンスも素晴らしい。竹野内豊さんは地味ですが堅実な俳優さんです。『さまよう刃』のような本格派映画で観たいと言い続けているのですが、なかなか実現しません。綾野剛くんは主人公を愛する同性愛者という難しい役どころでしたが、最初から叶わないとわかっている恋に向き合う繊細な「男心」を見事に表現していました。そのマインドに反して「いい男」という雰囲気も醸し出していたところがこれまで観たことがない同性愛者像でした。生瀬勝久さんは、やはりこの手のコメディをやらせたら超一流の俳優さんです。コメディを熟知した生瀬さんと堺さんのからみによってこの作品は完成したと言ってもいい最終回でした。

ジャニスカ的最優秀主演女優賞 ジャニスカ的最優秀助演女優賞
木村佳乃
(『はつ恋』)
 和久井映見
(『もう一度君に、プロポーズ』)
<優秀主演女優賞>
長澤まさみ
(『都市伝説の女』)
 <優秀助演女優賞>
新垣結衣
(『リーガル・ハイ』)

【 女優 】 『はつ恋』はまだ放送中なのですが、木村佳乃さんのキャリアから言ってそのお芝居が揺らぐことはないと思います。リアルにお母さんになったということもあるのかもしれません。子供と夫への愛情がまっすぐに伝わってくる理想的な母親のお芝居を披露してくれています。和久井映見さんは同年代の女性の共感を誘う見事なお芝居だったと思います。この方は昔から表情のお芝居が素晴らしくて、キャラクターの感情を目や表情でうまくコントロールする女優さんです。長澤まさみちゃんは今や一流のコメディエンヌです。『モテキ』以降の彼女は自分の魅力を隠すことがなくなりました。まさに一皮むけた印象です。新垣結衣ちゃんは今作を通じて芝居というものの本質がわかり始めたようです。この種のコメディが難なくこなせるようになって、本人も役作りを心から楽しめるようになったら素晴らしい女優さんになると思います。

関連記事 : 2012年第1四半期のドラマ (2012-03-29)
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リーガル・ハイ [ドラマレビュー]

【 Official site 】    
2012062801.png

『 リーガル・ハイ 』
(2012年 フジテレビ=共同テレビ 全11回 )
演出:石川淳一 脚本:古沢良太 出演:堺雅人、新垣結衣、里見浩太朗、小池栄子、生瀬勝久

第9話を観終わった時点では、なんと言っても脚本はあの『鈴木先生』の古沢良太さんのオリジナルだから、てっきりこのドラマはコメディを捨てて、最終回に向けて畳み掛けてくるものと勘違いしてしまった。第9話のラストシーンで繰り広げられた、一般的に大勢を占めている価値観を根底から覆す主張と痛烈な社会風刺、さらに堺雅人さんの圧倒的なお芝居によって、絶対に表に出ることはないと思われていた心の奥底に眠っていた感情をえぐらてしまった視聴者の中には、もしかしたらこのような終わり方をもの足りないと感じている人もいるかもしれない。しかし、制作者が公言している通り、このドラマはコメディなのである。作り手にとっては、視聴者に一瞬でもコメディであることを忘れさせてしまったことは誤算だったのではないかと感じている。

振り返ってみると、このエピソードはシリーズ唯一、2回またぎの続きものであり、ラストシーンでは本当の意味での「戦い」が始まるという大きな広がりを視聴者に意識させてしまった。通常どおり1話で完結するエピソードであれば、シリアスモードがあっても必ず「オチ」を仕込んで最終的にコメディであることを印象付けてきた。しかし、古美門研介(堺雅人)と黛真知子(新垣結衣)が村の井戸水を飲むことによって、老人たちとの結束を強めるラストシーンでは、むしろ「本気」を印象付けてしまった。実はこのラストは、黛が体調を崩すことによって劣勢を覆すに至る重要な伏線であり、同時に「大オチ」に落とし込むための前フリでもあった。私は第10話のラストで黛をも欺く古美門のいつもの策略が明らかになった時点で、二重の意味で騙されたと感じた。ある意味では第9話のラストよりも衝撃的だったかもしれない。もう一度言う、このドラマはコメディなのである。

このドラマを構成する以上のような大前提を示した上で、あえてこのドラマが描いてきた裏テーマに言及してみたいと思う。本作が取り扱ってきた題材そのものは、痴情のもつれ、冤罪、著作権侵害、政治家の金銭問題、離婚訴訟、遺産相続、親子関係、公害訴訟・・・と、テレビドラマが扱うものとしては特に珍しいものではなかった。たとえば冤罪をテーマにした映画もあったし、離婚訴訟を専門に描いたドラマもあった。また、フジテレビが製作した『HERO』というドラマおよび映画は、主人公の検事が最終的に政治家の汚職を糾弾するというクライマックスに至る。そのほかの題材も「裁判もの」ではやり尽くされていると言っていいだろう。しかし、本作がそれらの作品と決定的に異なるのは、見かけ上の善悪・正誤を提示しても、最終的な結論を白黒で表現しないところである。答えは「グレー」の中に無数にあるというわけだ。その意味では裁判を通じて「結論」を表現してきた過去の法廷ドラマがやってきたことは陳腐なものにすら見えてくる。

ひとつ取り上げてみると、たとえばテレビドラマではやりつくされている「親子関係」を描いた第8話の結末は、未だかつて見たことがない性質のものだった。親子は何があっても一緒に暮らすべきだという主張に対して古美門が展開した主張は、親子が離れて暮らすという選択も時には必要だというものだが、これまでのドラマなら前者の主張で結論付けられてめでたしめでたしと言ったところだろう。このときの古美門の主張は彼自身の過去と経験に基づくものだけに、本作中唯一、単純な勝ち負けを超えた「熱」がこもっていた。なぜならこれは彼のアイデンティティ(存在)に関わる問題だからである。親子の血の繋がりは切っても切れないと言うが、それをあえて切るという選択はもしかしたら茨の道なのかもしれない。親の監視から解き放たれた子供がどういう道を辿るのかは誰にもわからないのである。古美門はこのことを身をもって知っていたはずだ。原告の子供が語った最後の主張がドラマの台詞の改変であることがわかったとき、視聴者の心には何とも言えない複雑な感情が芽生えるのである。これこそが「グレーな感情」に他ならない。善悪や正誤で物事を判断してそれを結論とするのではなく、物事を常にこの「グレーな感情」で見つめて、答えを探し続けることとが重要なのかもしれない。

本作が描いてきたテーマが持つもうひとつの側面は「社会風刺」である。これはすべてのエピソードに多かれ少なかれ盛り込まれていたと思うが、究極的には裁判そのものを皮肉っていたとも言えるかもしれない。古沢良太さんがおっしゃっていたことで特に印象に残っているのが、このドラマを通じて黛真知子の成長を描いている意図はないという旨の発言だ。古沢さんによれば、黛は最初から完成された弁護士だという。しかし、黛が古美門を超えようとする意思も構図も確かに描かれていたし、最終回でも古美門とともに戦った案件で獲得した人脈や知恵を駆使して、古美門を追い詰めていく。古美門の策略にはまった黛は、もう一歩のところで敗れるわけだが、結局のところ裁判の勝敗を決定付けるものとは紙一重だということが改めて印象付けられる。これはこれまでのエピソードでも何度も描かれてきた。つまり、弁護士が有するテクニックの優劣によって結果が左右されるのが裁判の本質だということになる。これを拡大解釈すれば、裁判で導き出された結論(有罪・無罪あるいは善悪)そのものには、大した意味がないということにもなる。

第3話において黛の裁判を傍聴した古美門は、負けたらクビにするという条件を反故にして、黛とともに仕事をしていくという決断をする。私はこの時の古美門が何を考えていたのかずっと疑問に思っていた。黛が古美門が持っていない何かを持っているからだということは想像できたし、第6話では古美門の前妻・圭子シュナイダー(鈴木京香)の言葉を通じて黛が持っているものが明らかになった。しかし、古美門にとって黛が持っているものがどれほどの価値があるのかということはよくわからなかった。なぜなら、黛が古美門のスタイルを吸収することはあっても、古美門が黛から得るものは何もないからである。彼はこれまでのやり方で裁判を勝ち抜いてきている以上、黛の手を借りる必要はないし、スタンスを変える必要もない。それでも古美門が黛を雇った理由とは、おそらく自分にないものを持っている黛に対する「敬意」が芽生えたからだと思う。もちろん古美門はそんな感情はおくびにも出していない。しかし、勝ち続ける一流の弁護士になりうるポテンシャルを黛に見出し、彼女を育ててみたいと思ったのは間違いないだろう。もしかしたら勝ち続けるプレッシャーから自らを解き放つために。

古美門が黛に見出したものを端的に言えば「理屈抜きで人の心を動かす力」なんだと思う。そして、古美門はそれをひとつのテクニックと捉えた。裁判を勝つためのテクニックである。実際、最終回において古美門を追い詰めたものとは、人間の感性に訴える黛の弁論であった。しかしそれだけでは勝てないということも改めて明らかになる。ただし翻って考えてみると、黛が古美門と同じだけの技量を身に着けたとしたら、おのずと古美門が持ち合わせていないこのテクニックを有している黛の方に軍配が上がるということになるだろう。裁判を判断する材料が等価値だった場合、最終的に判決を左右するのは「人間の心」である。法廷で通用するようなまともな理屈が整っていようがいまいが、人の心を動かした方が勝ちという状況はこの先いくらでもあるだろうし、実はこれは手段を選ばないという古美門のポリシーとも合致するのである。その意味では、黛は古美門をとっくの昔に超えているということになる。古沢さんが古美門も黛もそれぞれが一人の完成された弁護士であると評した理由はこのあたりにありそうだ。古美門が持っていて黛が持っていないものもあれば、その逆もある。紛れもなく二人の弁護士は対等なのである。

このドラマは、裁判とは真実を明らかにする場でも、正義を主張する場でもない、ということを言い続けてきた。そこにあるのは金や地位や名誉、プライドを守ろうとする人間の姿であり、裁判とは人間の営みを映し出す縮図なのである。ただし、これはあくまでもこのドラマが一方的な価値観を打ち破るために採用した「表現手法」でしかないので、必ずしも現実に即した概念とは言えないだろう。裁判で明らかになる真実もあるし、裁判で主張できる正義もあると思う。しかし、このドラマは我々に新しい物事の見方を教えてくれた。裁判や法が導き出した結論が絶対とは限らない。真実や正義を見出したと思うのは人間の驕りである。古美門の「最終弁論」にもう一度傾聴しよう。

最後に、今もって思い出し笑いをしてしまうラストについて。三木(生瀬勝久)が持っていた写真に写っているのが人間ではないということには薄々気づいていたが、前フリが長ければ長いほど、堺さんと生瀬さん、小池栄子さんの芝居がシリアスであればあるほど、このドラマがコメディであることを視聴者は思い出すことになるだろう。写真に写っているものを目にして、古美門と三木の確執の原因を知った黛は、当然思いつく次の疑問を沢地(小池栄子)にぶつける。

 「あなたは何なんですか?」
「私?私は男の喧嘩が好きなの」
  2012062802.jpg

沢地の高らかな笑い声とこのシュールな絵が表現するこのドラマの顛末が今もって私の頭を離れない。裁判で明らかになる人間の営みよりもはるかに滑稽で愚かな人間どもがここにいたという、このドラマを締めくくるのにふさわしいオチであった。

(了)

  • e97h0017e97h0017フジテレビ『リーガル・ハイ』第1話。法律を駆使しなければ真実も追い求めない前代未聞のリーガルドラマ。まだぼやけてはいるが主人公のポリシーに筋が通っているのはなんとなくわかる。古沢脚本の生きた台詞回しは勢いだけではない、しっかりと実がある。今クール最高のドラマはどうやらこれらしい。04/23 19:52
  • e97h0017e97h0017初回からこんなに濃いキャラクターをきっちり作り上げてくるんだから、堺雅人さんは流石である。脚本家が魂を込めた台詞を一字一句殺すことなく、生き生きとした台詞に変えてしまう、超一流の技術を持っている俳優さんだ。新垣結衣ちゃんは主演よりもこのぐらいのポジションの方が持ち味を発揮できる。04/23 20:09
  • e97h0017e97h0017『リーガル・ハイ』第3話。古美門が初めて人間らしい振る舞いを見せた。黛の裁判を傍聴した彼が理屈をつけてクビにするのを止め、食事の希望を訊いた理由とは何だろう。黛の奮闘に心動いたということもあるだろうが、事はそう単純ではなさそうだ。もっとも彼の俗物ぶりは人間らしさの極みではあるが。05/07 23:40
  • e97h0017e97h0017『リーガル・ハイ』第4話。このドラマがやろうとしていることが見えてきた。社会正義VS金・・・ひとつの価値観が絶対だと思ってはいけない。古美門が黛にこれを理解させるためのペテンが痛快だった。「鈴木先生」の影響を多分に感じさせる。実は古美門の脅威となりうるのは「朝ドラのヒロイン」か。05/08 23:48
  • e97h0017e97h0017『リーガル・ハイ』第5話。小沢裁判と検察の捏造を取材した痛烈な古沢流社会風刺。金が集まるところは悪という国民の決め付けが政治の劣化を生んでいる。小沢擁護のプロットとも言えるが、それ以上に我々が政治に対する心眼を獲得するための材料を提供してくれている。ひとつの価値観が絶対ではない。05/18 21:00
  • e97h0017e97h0017『リーガル・ハイ』第6話。このドラマが見せようとしているものは事件でも裁判でもない。その背後でうごめく人間の営み、人間の思惑だ。夫婦の繋がりとは理屈ではない。これはそのことを知り尽くした二人によって繰り広げられた茶番なのである。最後に二人が手にしたメダルはまさに理屈を超えていた。05/25 22:47
  • e97h0017e97h0017堺雅人さんのお芝居に対応できる女優は鈴木京香さんぐらいのものだろう。見事なキャスティングだった。05/25 22:50
  • e97h0017e97h0017どうやら最終的に黛が古美門の脅威になるという筋書きは確かに存在している。古美門がある部分では黛に一目置いているらしいことは第3話で描かれた。そして今回は圭子がはっきりと彼女の潜在能力に言及した。黛が「持っているもの」とは何だろう。キーワードは「朝ドラのヒロイン」「赤毛のアン」だ。05/25 23:00
  • e97h0017e97h0017『リーガル・ハイ』第7話。傑作回である。法廷での争点を常に単純化して見せるこの脚本は、決して視聴者に理解を求めない。直感的な善悪を見せておいて最終的にグレーに落とし込む。アナログ的思考を求めるドラマだ。豊富に盛り込まれていた演出的遊び心は、いい意味で視聴者に考える余地を与えない。06/01 22:06
  • e97h0017e97h0017『リーガル・ハイ』第8話。サンタクロースをモチーフにした親子関係の話。重要なのは案件の本質をすべて見抜いてきた古美門が父親の真意には気づけなかったこと。サンタクロースを信じる黛の論法の方が親子の本質を的確に突いていたのである。黛が持っていて古美門が持たざるものとはこれなんだろう。06/08 21:42
  • e97h0017e97h0017現在発売中のエンタメ情報誌「オリ★スタ」にドラマ『リーガル・ハイ』出演中の堺雅人さんと新垣結衣ちゃんのインタビューが掲載されています。ストーリーや制作手法、役作りに深く突っ込んでいて、大変興味深い内容でした。こちらで一部をご覧いただけます。http://t.co/RKovCBfh 06/12 18:34
  • e97h0017e97h0017古美門の早口は完全に堺雅人さんのアイデアだそうでこの役作りには彼なりの深い意図と俳優としての強い思い入れがあるようです。今週は台本10ページにも及ぶ古美門の長台詞があるそうなので注目です。それと堺雅人さんが小池栄子ちゃんの落ち着いた芝居を高く評価していたのにはへぇーと思いました。06/12 18:41
  • e97h0017e97h0017『リーガル・ハイ』の公式BOOKも発売中です。こちらには同い年だという堺雅人さんと脚本を担当している古沢良太さんの対談が載っていて、あまりの面白さに読み始めたら止まりませんでした。作品のことはもちろんその枠を超えて芝居やドラマ全体に対するお二人の感慨までディープに語られています。06/12 19:00
  • e97h0017e97h0017古沢さん曰くこのドラマには震災でクローズアップされた価値観(たとえば絆とか家族)に対するアンチテーゼという意味合いも込められているそうです。そういう標語や幻想だけで人間の営み切り取るのではなくて、もっと現実を直視した題材を見せた上で理想を語ろうというわけです。やっぱり深いですよ。06/12 19:08
  • e97h0017e97h0017あ、そうそう。堺雅人さんが面白いことを言っていました。このドラマの登場人物をアニメ「ヤッターマン」に見立てて、三木法律事務所の面々はドロンジョ、ボヤッキー、トンズラー、古美門と黛はヤッターマン1号・2号というイメージなんだそうです。となると服部さんはやっぱりヤッターワンですって。06/12 20:22
  • e97h0017e97h0017そういえば生瀬さんはリアルボヤッキーです(笑)。06/12 20:23
  • e97h0017e97h0017『リーガル・ハイ』第9話。古沢良太さんが公式本で語っていたことをここで放り込んできた。何時だって現実を直視するのは辛い。だからこそ安易な幻想に逃げ込もうとする人間の愚かしさ。ドラマを観て震えたのは『鈴木先生』以来か。まだ頭の整理ができていない。機会を改めて掘り下げなければと思う。06/13 01:33
  • e97h0017e97h0017同じフジテレビでもドラマチックサンデー枠が取り組んできた題材はいかにチープなことか・・・同じドラマの作り手としてSプロデューサーは感じるものがないのかな。彼女は性懲りもなく次クールもこの路線を追い続けるらしい。いやあの子役のエキスを搾り取ろうというわけか。それはそれで強かだがな。06/13 01:44
  • e97h0017e97h0017おっと、それすらも皮肉ってたのが『リーガル・ハイ』だった。06/13 01:50
  • e97h0017e97h0017『最後から二番目の恋』や『キルトの家』が切り取ろうとしていたものは紛れもなく「現実」だったんだと今にして実感する。06/13 01:58
  • e97h0017e97h0017『リーガル・ハイ』第10話。一瞬どうなることかと思ったが、しっかり規定路線に戻った。最終回は古美門と黛の対決を軸に進みそうだが、結論は勝ち負けではないような気がする。それよりも古美門と三木の確執の方が重要なのかもしれない。おそらく原因はくだらないことだろう。真実はコメディである。06/19 22:03


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  • e97h0017e97h0017『コクリコ坂から』DVD&Blu-rayのCMは幅広い世代に訴求しようという試みだろうが、落合さんが語っていたのがすごく良かっただけに、土田さんのは残念すぎる。「ジブリ立ち」はまあいいとして、水沼のことを「友情がわかってる」とか「洋楽を聴いてそう」と評するのは薄っぺら過ぎないか。06/22 22:46
  • e97h0017e97h0017吉田恵輔監督『さんかく』。台詞がないラストシーンを絶賛したい。三角関係を三人の目線で表現し、各々の気持ちの着地点を表情で表現する。最終的に百瀬と佳代の気持ちが通じ合ったのは間違いないが二人から目を背けた桃の心情も興味深い。彼女は自分の不用意な言動が他者に及ぼす影響を思い知った。06/22 23:00
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  • e97h0017e97h0017小沢のあのワンパターンの険しい表情は何なの?自分でイケてるとでも思ってんのかな。とりあえずこの表情しとけば間違いないとでも思ってそう。台詞回しも抑揚がなくてつまらないし、アメリカ仕込みか知らないけど芝居というものを勘違いしてるよ。「はやぶさ」を発見した時の表情もひどかったもんな。06/25 20:47
  • e97h0017e97h0017TBS『ハンチョウ5~警視庁安積班~』。佐々木蔵之介さんの安定感、アクションにも危なげなく対応した愛未ちゃんの新境地、どちらかと言えばいけ好かない役が多かった福士くんの好青年ぶりもはまった。アイツを除けばシリーズ屈指の好メンバーだった。アイデア次第でまだまだ発展可能なシリーズだ。06/25 20:59
  • e97h0017e97h0017TBS『チューボーですよ!』。米倉涼子さんといえば、20代の頃はたまに出演するバラエティ番組で見せる独特の天然ぶりが魅力で、さんまさんも大のお気に入りだった。そういう天然ぶりはすっかり鳴りを潜めていたが、巨匠を絶妙の間でいなす笑いのセンスは健在で歳相応の魅力を身につけておられた。06/25 23:48
  • e97h0017e97h0017米倉涼子さんの女優デビューは2000年だそうで、現在ブログで紹介中の『天気予報の恋人』はまさにデビュー直後の出演となる。お芝居は普通だったが、稀有な存在感を放っていたのは間違いない。私はこの当時有明で生米倉を拝見したことがある。ブロードウェイの主演に抜擢されるとは誰が想像しよう。06/25 23:55

もう一度君に、プロポーズ [ドラマレビュー]

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『 もう一度君に、プロポーズ 』
( 2012年 TBS=共同テレビ 全10回 )
演出:村上正典 脚本:桐野世樹 出演:竹野内豊、和久井映見、山本裕典、倉科カナ、小野寺昭、真野響子

一言で言えば、「地味なドラマ」という表現になるのだが、こういう表現に挑戦するドラマ制作者がいることには素直に敬意を表したい。最初から明らかにターゲットとなる視聴者層を絞っていることが感じられるドラマで、そのニーズを的確に分析した上で構築された手法とスタンスが、最後までぶれることがなかった点は高く評価しなければならない。

最終回について言及すると、ストーリー的には予想通りの結末だったわけだが、演出的にはここまで奇をてらわない見せ方をするとは思わなかった。プロポーズというこのドラマのメインイベントをストレートに撮ったのは、悪く言えば工夫がないのだが、そういう小細工を必要としないドラマだったとも言えるし、むしろ演出担当者としては特別なことをしないというリスクを敢えて取ってみたといったところか。大成功だったと思う。

私は、脚本を担当した桐野世樹さんという方を存じ上げなかったのだが、エピソード構成と台詞回しのいずれにおいても決して「新人」というレベルではなかったと思う。ツイートしたとおり、この脚本は若干の雑な仕事も目立ったのだが、振り返ってみればそれらが山上ちはるさん(CX『月の恋人~Moon Lovers~』のブレーンの一人だった)の仕事だったというのは明らかであり、そのことをもって桐野さんの脚本家としての評価を落としてはならない。序盤3回とラスト3回だけを取り出せば、脚本の完成度はきわめて高い。

具体的に言うと、たい焼きやツバメの巣、廃車になりかけた古い車、鳩時計などをめぐるエピソードは、主人公の過去やバックボーンとなるものを示唆していて、これらのエピソードが単発ではなく、終盤まで主人公の気持ちに寄り添っていたのがとても良かった。これらのエピソードは、「モノ」そのものから生まれた発想ではなく、作り手が登場人物のキャラクターを緻密に作り上げた結果として生まれてきたものだと思う。特に「手作りのたい焼き」というのは、太助というキャラクターに合致するものでもあり、男親が息子を喜ばせ、勇気付けるために、精一杯努力していたことが伝わってくるエピソードだった。また、廃車になりかけていた赤い車が「人生」を示唆していたのは言うまでもないし、同時に主人公の過去を紡ぐ存在でもあった。

私は、このドラマのメインストリームは宮本波留(竹野内豊)が知らず知らずのうちに目を背けてきた自分の生い立ちと境遇に基づく自らの心情に向き合い、新しい幸せの形を見出すまでの物語だったと感じている。この脚本を振り返ってみると、波留の生い立ちから自然発生的に生まれてしまった複雑な心情と、それを自覚し、克服するまでの流れが物語の中に巧みに織り込まれていたと思う。可南子(和久井映見)が波留についての記憶をすっぽり失ってしまった理由は定かではないが、一つの可能性として、序盤に可南子の日記を通じて、二人が思い描く「家族」というものに対する温度差がもたらすストレスの存在が明らかになった。そして、今まで波留が知らなかった子供を可愛がる可南子の姿、父親には見抜かれていた家族を持つことへの躊躇、さらに実の母親の存在と、ひとつひとつのエピソードの積み重ねによって、波留が目を背けてきたものが次第に具体化してくるのである。

波留は最終回において、実の母親の口から離れ離れに暮らさなければならなくなった経緯と、母親が抱いていたその当時とその後の正直な気持ちを知ることになる。自分が母親から愛されていた、今も愛されているということをはっきりと知ることができたとき、波留の心の奥底に引っかかっていた「家族を持つことに対する躊躇」はもはや跡形もなく消え去る。そして、波留は可南子を苦しめていたものが何だったのかを確信し、可南子への心からの謝罪ともう一度可南子に、プロポーズへとつながっていく。そして、ラストシーンで「宮本ファミリー」を見せられてしまえば、一人の男の半生がしっかりと完成してしまうのである。主人公の過去と心情を浮き彫りにするエピソードが場当たり的ではなくて緻密に積み重ねられている優れた脚本だったと思う。ひとつ意味不明だったのは増山志乃(市川由衣)の存在。それと演出的に特筆すべき点がなかったのも残念だが、トータルとしてはしっかりと記憶に刻まれるドラマだったと思う。清々しい余韻が残るドラマであった。

最後に、すでにツイートしたとおり本作成功の最大の立役者が主演のお二人だったということには異論を挟む余地はないだろう。若い世代にはちょっと難解なお芝居だったかもしれないが、このドラマがターゲットとする世代には大いに共感を呼ぶお芝居だったと思う。このドラマが演出的小細工を必要としなかったのは彼らの力量によるところが大きい。お二人のお芝居を通じて登場人物の繊細な感情がしっかりと映像に刻まれた。

(了)

  • e97h0017e97h0017TBS『もう一度君に、プロポーズ』。タイトルからシンプルに想起できるわかりやすいプロットに好感。竹野内豊さんも和久井映見さんもいい意味で予想通りのお芝居を持ち込んできた。FCGの目玉TMがない共同テレビのクレジットが新鮮だった。なるほどフジテレビでは作れないタイプのドラマである。04/21 22:03
  • e97h0017e97h0017『もう一度君に、プロポーズ』第2話。無理やり複雑にしたがるドラマが多い中、こんなにシンプルなドラマは久しぶりだ。そもそもタイトルがいい。読点の位置がいい。ハッピーエンドなのはわかっているのでそこに至る過程と変化を楽しむべきドラマだろう。今回はたい焼きのエピソードが素晴らしかった。05/01 21:59
  • e97h0017e97h0017村上正典監督のロケハンセンスもいい。早稲田鶴巻町の界隈って春先は雰囲気がいいんだよな。ラストの公園はどこだろう?05/01 22:08
  • e97h0017e97h0017岩城由美さん(@iwakiyumi)の作詞です。”♪見つめ合うより横顔がこんなにも切なくて ときめくよりも深い愛気づいたから こぼれてゆく時間はもう追いかけない 大切に大切に月日を辿って”ここで泣いた。ストーリーとシンクロした詞と映像を呼び起こすボーカル。正真正銘の主題歌である。05/02 20:05
  • e97h0017e97h0017『もう一度君に、プロポーズ』第2話ラストの公園は北区にある都立浮間公園らしい。北区は土地勘がないから全然知らなかったし、ドラマのロケ地としても見たことがなかった。あんなに大きな池のある美しい公園がこんな近郊に埋もれていたとは。『愛していると言ってくれ』の井の頭公園を髣髴とさせた。05/02 20:31
  • e97h0017e97h0017@iwakiyumi 今日はこの曲を聴きながらずっと涙腺を緩ませっぱなしでした、、、本当に素敵な詩をありがとうございます。このドラマは岩城さんが書いた詩がそうであるように「ただいま」に向かっていく物語だと思います。この言葉に魅力的な響きを与えてくれる作品になることを願っています。05/02 22:20
  • e97h0017e97h0017『もう一度君に、プロポーズ』第3話。ものすごい繊細な感情を突いてくるドラマだ。一般的な「普通ではないこと」への反応と波留が可南子を気遣う心情は別物だということを確認しておきたい。可南子がそこに気づけるかどうかが焦点だ。事件ドラマに慣らされている人には表現が繊細すぎて判りづらいか。05/06 14:51
  • e97h0017e97h0017『もう一度君に、プロポーズ』第5話。このドラマが表現しようとしているものは誰もが日常的に直面している繊細な感情だ。波留が感じた疎外感も可南子が感じた自己嫌悪もまったく特別なものではない。人が人と関わろうとする中では避け難い誤解であり、互いを分かり合うまでには必要な感情なのである。05/21 23:48
  • e97h0017e97h0017竹野内豊さんと和久井映見さんがどんなお芝居をする俳優さんなのかは熟知していた。しかしこのドラマを通じて改めてお二人の実力を思い知らされている。俳優としての個性を打ち消し、あくまでも役の個性を表現することに徹する。彼らが長きに渡って主演俳優のポジションにあり続ける理由はここにある。05/21 23:48
  • e97h0017e97h0017『もう一度君に、プロポーズ』第6話。ちょっと本が雑になってきた。桂と可南子の弟の接点を生むやり方は稚拙すぎる。そこにドラマを作るのが脚本家の仕事だろう。一方で波留の母親の存在を意識させることでストーリーに奥行きが出てきた。波留は父親の助言に基づいて究極の原点に回帰する決断をした。05/30 20:05
  • e97h0017e97h0017『もう一度君に、プロポーズ』第7話。波留の真意は悲しいほどに繊細な感情に基づいていた。彼にとって新しい関係を形成するための原点回帰と元通りにするための原点回帰は似て非なるものだ。真面目か!と突っ込みたくなるのだが、自分のエゴを可南子に押し付けていたという事実は相当に堪えたようだ。06/01 23:06
  • e97h0017e97h0017果たしてこのようなピンポイントかつ特殊な感情にスポットライトを当てることで視聴者の共感は得られるのだろうか。私には桂が抱えてきた波留に対するストレートな感情の方がよっぽど共感しうる対象だが。確かに人間の感情は複雑だが、テレビドラマで扱う感情はもっと普遍的でなければならないと思う。06/01 23:23
  • e97h0017e97h0017『もう一度君に、プロポーズ』第8話。先週の次回予告が示すとおり起伏のない回だった。ただし太助が語った波留の「親になることへの躊躇」の根底に彼が抱いてきた実の母親に対する心慮があるのは間違いなく、そのことが術前の可南子との関係において重要な懸案だったということを思い出しておきたい。06/08 23:42
  • e97h0017e97h0017一方で桐野脚本の特徴だろうか、今回は複数の台詞が印象に残っている。「捨てるのではなく思い出を将来の糧にしたい」「修理された車は過去に戻るのではなく別の未来に向かうんだ」「生きているうちは遅すぎるということはない」これらの台詞を物語の結末にどのように響かせるか脚本家の腕が試される。06/08 23:54
  • e97h0017e97h0017『もう一度君に、プロポーズ』第9話。太助のジョークはある意味で死のフラグだが、波留と可南子を笑顔にすることで彼の心は満たされた。ツバメの巣立ちによって予感された太助の死は最終的に波留と可南子の表情のみで語られる。人の死を涙ではなく間接表現で切り取ろうとする試みに好感を持っている。06/19 00:32

(あとがき)
2時間で執筆しました。また、本編を一度観ただけなので記憶違いなどあるかもしれません。ご了承ください。
「あとがき」というより「言い訳」でした(^^;。


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(11)天気予報の恋人 [ドラマレビュー]

2000年にフジテレビで放送された『天気予報の恋人』を毎週お届けしています。
今週は第11話です。動画は原則1週間の掲載となります。


(7/1まで。本編動画の掲載は終了しました。)

『 天気予報の恋人 』
Vol.11
( 2000年 フジテレビ=共同テレビ 全12回 )

今回は、矢野、早知、祥子の3人がそれぞれの「答え」を見出すまでを描いています。
矢野は当然、誰とジュネーブへ行きたいのか、すなわちこれからの人生を誰と一緒に生きていくかを決めることになります。
早知はというと、前回まででも矢野と自分は釣り合わないという結論に達しており、達也を独りで育てていくことを決心します。
そんな中、今回もっとも重要なのは祥子の「答え」がはっきりしたことで、
この「答え」が物語の後味を清々しいものに仕立てますので、心に留めておいていただきたいと思います。

祥子という女の子は、最初から矢野との恋をどうにかしたいという気持ちは希薄で、
その気持ちは彼女の人生において向き合ってきたすべての恋とまったく同じだったと考えられます。
祥子は今回、そんな自分を初めて変えてみたいと思いました。果たしてどうしてそう思えるようになったのでしょうか。
これは早知と共通の心情でもありますが、祥子は矢野との恋を通じて嘘によって「自分」を隠さなければならない苦しさを
痛感しました。だからこそ次の恋では胸を張って、「これが自分です!」と言いたいと思えるようになったのです。
彼女はそのために叶わぬ恋だと知りながら、矢野に堂々と自分の気持ちを伝えます。生まれて初めての告白です。
さらに祥子は、唯川幸は自分だということをリスナーに言いたいと川村に提案するのです。
このドラマはラブストーリーであると同時にひとりの女性の成長物語の側面も存在していて、
この方面を担っていたのが祥子だということを確認しておきたいと思います。

もうひとつ、今回のストーリー上ぜひ注目していただきたいのが、
前回矢野の手に渡った早知が書いた手紙の取り扱い方で、すなわち意味深なラストカットがもたらす余韻です。
実は、今回こうやって改めて観直すまでは、矢野が早知の手紙を燃やすという行為の意味も、
燃え残った手紙を見せるラストカットの意味もいまひとつ理解していなかったところがあります。

矢野が早知の手紙を燃やしたのはおそらく、嘘で成立していた早知と祥子との関係をまさに水に流して、
目の前にいるありのままの二人とまっすぐに向き合おうという決意の表れだと思います。
実際このあと矢野は二人を呼び出して、自分の正直な気持ちを伝えることになります。
しかし、矢野のまっすぐな告白をもってしても、早知の気持ちを翻すまでには至りませんでした。
このシーンの直後に映し出されるのが矢野の暗い部屋で、カメラは流しで燃え残った手紙にゆっくりと寄っていくのです。

 2012062301.jpg

ここでフェードアウトしていくのですが、このラストカットが意味するものとは果たして何なのでしょうか?
この手紙の内容は早知による「嘘」の告白なので、これを燃やすということは前述のとおり、
矢野にとっては嘘を水に流すという意味合いがあったと考えられます。

ここからは私の解釈だということを断っておかなければならないなのですが、
このカットは、燃やしたはずの「嘘の中にも真実はあった」ということを示唆しているのではないでしょうか。
つまり、矢野が唯川幸だと思っていた人は虚構でもなんでもなく、原田早知であることに変わりはないということです。
矢野が本当の意味での幸せを掴み取るためには、このことに気が付かなければなりません。
過去を清算するのではなく、もう一度、原田早知と過ごした日々に向き合う・・・そうすれば自ずと答えは見えてくるのです。

これは最終回から逆算して導き出した解釈なので、
初見でこのカットの意味を正確に理解するのはちょっと至難の業かなとも思っているのですが、
ひとつ言えることは、「まだ終わりではない」ということを視聴者に意識させるには十分だということです。
手紙の一部が燃え残ったことによって矢野が為すべきことはまだ残っているということを表現しようとしているのだと思います。
このあたりの表現はどちらかといえば「映画的」なものを感じさせます。

さて、今回の演出はもうお馴染み、フジテレビの澤田鎌作監督なので、演出にも触れないわけにはいきません。
今回もタイトルイン直前のスローモーションの使い方とか、田口が郁子の素顔を知る複数のシーンのコミカルな演出など、
随所で非凡な才能を見せてくれています。また前々回用いられていた黒味へのフェードアウトは例外的と申し上げたのですが、
今回もラストカットを始めとして要所で用いられていました。細かいところですが、常にどの技術を選択するのがベストなのかを
突き詰めて考えようとしているのが伝わってきて、こういう細部へのこだわりの存在はいいディレクターの条件だと思います。

特に取り上げておきたいのがやっぱりラストシーンでして、
私は『天気予報の恋人』といえば、まず思い出すのがこのシーンです。
ドラマのロケ地としてはお馴染みの駒沢オリンピック公園ですが、
このドラマではやはり雨の演出が素晴らしくて見たことがない風景に仕上がっています。
澤田監督はこれまでどちらかといえばテクニック重視の演出が目立っていた印象ですが、
このシーンでは一転して映画演出のような印象的で美しい絵を切り取ることに成功しています。 

 2012062302.jpg 2012062303.jpg

1枚目は早知と祥子が待ち合わせをするシーンで、早知が上手からフレームインしてから
二人が会話をして下手にフレームアウトするまでを1カットで捉えています。
このシーンは広い絵で「雨と傘」を印象付けていると同時に、早知のパンツスーツと祥子のスカートの対比を見せることによって、
二人がそれまでの自分と決別して、「真の自分らしさ」を求めて新しい道に踏み出したことを表現しています。
また、この雨がどこか好ましいものに見えるところに、このドラマが積み重ねてきたものを感じてしまいます。

2枚目は早知が矢野のプロポーズをはっきりと断った直後のカットで、
このタイミングで晴れ間を覗かせるところがこのドラマならではの逆説的な表現だと思います。
雨が好きだと語った早知の気持ちを矢野が翻すことができなかったことをこの晴れ間で表現しようとしているんだと思います。
この絵を撮るために相当に粘ったことを想像させる澤田監督渾身のベストショットと言っていいと思います。
このシーンは最終回の冒頭に繋がっていきますので、引き続きご注目ください。

来週はいよいよ最終回です。矢野が「答え」に辿り着けるのかが焦点です。
今回のラストシーンと対となる最終回のラストをお楽しみに! 

矢野克彦(40) - 佐藤浩市
:気象庁の主任予報官。バツイチで月に二度の娘との面会を何より楽しみにしている。女心に鈍感なお天気オタク。
原田早知(28) - 稲森いずみ
:ラジオ局の食堂でアルバイトをしている訳ありシングルマザー。夜はキャバクラで働く。天真爛漫な明るさが魅力。
金子祥子(27) - 深津絵里
:恋愛のスペシャリスト・唯川幸としてラジオDJを務める。実際は恋愛に臆病な超オクテ。早知とは正反対の性格。
田口正二(30) - 矢部浩之(ナインティナイン)
:気象予報官。まだ見ぬ唯川幸の大ファンで、矢野が二人のサチと出会うきっかけを作る。周りが見えていないところがある。
須藤郁子(25) - 米倉涼子
:気象庁の事務官。普段は無口で化粧気がないが、実は器量よしの隠れ美人。軽薄な田口の言動に嫌悪感を抱いている。
白石潤子(38) - 原田美枝子
:矢野の前妻。矢野を嫌いになって別れたわけではなく、結婚後は彼の女性観に疑問を持ち続けていたようだ。

 脚本
音楽
演出
プロデュース
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岡田惠和
溝口肇
澤田鎌作(フジテレビ)
高井一郎(フジテレビ)、松村俊二(共同テレビ)

引用元:Wikipedia(というか私が書いた)

関連記事 : (12)天気予報の恋人 (2012-07-04)
(10)天気予報の恋人 (2012-06-16)
(9)天気予報の恋人 (2012-06-10)
(8)天気予報の恋人 (2012-06-03)
(7)天気予報の恋人 (2012-05-26)
(6)天気予報の恋人 (2012-05-19)
(5)天気予報の恋人 (2012-05-12)
(4)天気予報の恋人 (2012-05-05)
(3)天気予報の恋人 (2012-04-28)
(2)天気予報の恋人 (2012-04-21)
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