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2010年のドラマ [ドラマレビュー]

TermTitleKey StationCastScriptC.D.RatingMy Rating
1コード・ブルー 2nd Seasonフジテレビ山下智久、新垣結衣林宏司西浦正記16.63%★★★★★
泣かないと決めた日フジテレビ榮倉奈々渡辺千穂 石川淳一11.44%★★★☆☆
まっすぐな男関西テレビ佐藤隆太、深田恭子尾崎将也三宅喜重09.21%★★☆☆☆
不毛地帯フジテレビ唐沢寿明橋部敦子澤田鎌作11.93%★★★★★
とめはねっ! 鈴里高校書道部NHK朝倉あき、池松壮亮旺季志ずか森雅弘05.88%★★★☆☆
 咲くやこの花NHK成海璃子藤本有紀佐藤峰世09.41%★★★★
2月の恋人~Moon Lovers~フジテレビ木村拓哉浅野妙子西谷弘16.85%☆☆☆☆
八日目の蝉NHK檀れい、北乃きい浅野妙子佐々木章光07.78%★★★★★
絶対零度~未解決事件特命捜査~フジテレビ上戸彩酒井雅秋村上正典14.44%★★★☆☆
チーム・バチスタ2関西テレビ伊藤淳史、仲村トオル後藤法子今井和久14.38%★★★☆☆
素直になれなくてフジテレビ瑛太、上野樹里北川悦吏子光野道夫11.22%☆☆☆☆
チェイス~国税査察官~NHK江口洋介、ARATA坂元裕二大橋守06.90%★★★★
新参者TBS阿部寛牧野圭祐山室大輔15.22%★★★★★
3夏の恋は虹色に輝くフジテレビ松本潤、竹内結子大森美香澤田鎌作12.34%★★☆☆☆
天使のわけまえNHK観月ありさ吉田紀子佐藤峰世06.82%★★★☆☆
10年先も君に恋してNHK上戸彩、内野聖陽大森美香片岡敬司06.48%★★★☆☆
ジョーカー 許されざる捜査官フジテレビ堺雅人武藤将吾土方政人14.19%★★★☆☆
ホタルノヒカリ2日本テレビ綾瀬はるか、藤木直人水橋文美江吉野洋15.46%★★★★★
GOLDフジテレビ天海祐希野島伸司河毛俊作08.96%★★★☆☆
美丘-君といた日々-日本テレビ吉高由里子、林遣都梅田みか猪股隆一09.73%★★★☆☆
鉄の骨NHK小池徹平西岡琢也柳川強05.50%★★★★
チャンスNHK藤原紀香長川千佳子本木一博05.02%★★★★
GM~踊れドクターTBS東山紀之、多部未華子林宏司武藤淳10.05%★★★☆☆
4流れ星フジテレビ竹野内豊、上戸彩臼田素子宮本理江子14.05%★★★★★
モリのアサガオテレビ東京伊藤淳史、ARATA羽原大介佐々木章光03.61%★★☆☆☆
セカンドバージンNHK鈴木京香、深田恭子大石静黒崎博08.59%★★★★
医龍-Team Medical Dragon-3フジテレビ坂口憲二林宏司水田成英13.98%★★★☆☆
秘密テレビ朝日志田未来、佐々木蔵之介吉田紀子唐木希浩09.16%★★★☆☆
獣医ドリトルTBS小栗旬、井上真央橋本裕志石井康晴13.46%★★★☆☆
パーフェクト・リポートフジテレビ松雪泰子浜田秀哉石川淳一06.66%★★★☆☆


2010年の映画 [映画レビュー]

  2017   2016   2015   2014   2013   2012   2011   2010    2009  

ReleaseTitleDistributed byCastScreenplayDirectorMy Rating
19渋谷ビーワイルド綾野剛、佐津川愛美市川豊西谷真一★★★☆☆
16BANDAGE バンデイジ東宝赤西仁、北乃きい岩井俊二小林武史★★☆☆☆
16今度は愛妻家東映豊川悦司 薬師丸ひろ子伊藤ちひろ行定勲★★★★
16板尾創路の脱獄王角川板尾創路、國村隼増本庄一郎板尾創路☆☆☆☆
23すべては海になる東京テアトル佐藤江梨子、柳楽優弥山田あかね山田あかね★★★★
23アンダンテ~稲の旋律~ゴーゴービジュアル新妻聖子 筧利夫山田耕大金田敬★★★★
30ゴールデンスランバー東宝堺雅人、竹内結子中村義洋中村義洋★★★☆☆
30おとうと松竹吉永小百合 笑福亭鶴瓶山田洋次山田洋次★★★★★
30ボーイズ・オン・ザ・ランファントム・フィルム峯田和伸、黒川芽以三浦大輔三浦大輔★★★★
211交渉人 THE MOVIE東映米倉涼子寺田敏雄松田秀知☆☆☆☆
20パレードショウゲート藤原竜也、香里奈行定勲行定勲★★★★
20ランニング・オン・エンプティアムモ小林且弥 みひろ佐向大佐向大★★★★
27猿ロック THE MOVIESDP=ショウゲート市原隼人 比嘉愛未長谷川隆前田哲★★☆☆☆
36LIAR GAME
ザ・ファイナルステージ
東宝戸田恵梨香 松田翔太黒岩勉松山博昭★★★☆☆
13花のあと東映北川景子長谷川康夫中西健二★★☆☆☆
13時をかける少女スタイルジャム仲里依紗、中尾明慶菅野友恵谷口正晃★★★☆☆
13スイートリトルライズブロードメディアS中谷美紀、大森南朋狗飼恭子矢崎仁司★★★☆☆
43半分の月がのぼる空IMJ池松壮亮、忽那汐里西田征史深川栄洋★★★★★
3ソラニンアスミック・エース宮﨑あおい、高良健吾高橋泉三木孝浩★★☆☆☆
3カケラピクチャーズデプト満島ひかり 中村映里子安藤モモ子安藤モモ子★★☆☆☆
17のだめカンタービレ
最終楽章 後編
東宝上野樹里、玉木宏衛藤凛川村泰祐★★★☆☆
24武士道シックスティーンIMJ成海璃子、北乃きい古厩智之古厩智之★★☆☆☆
51川の底からこんにちはユーロスペース満島ひかり石井裕也石井裕也★★★★
15書道ガールズ!!WB成海璃子、桜庭ななみ永田優子猪股隆一★★☆☆☆
22ボックス!東宝市原隼人、高良健吾鈴木謙一李闘士男★★☆☆☆
22京都太秦物語松竹海老瀬はな、USA山田洋次山田洋次★★★☆☆
22パーマネント野ばらショウゲート菅野美穂奥寺佐渡子吉田大八★★★★
22春との旅ティ・ジョイ=AA仲代達矢、徳永えり小林政広小林政広★★★★★
29RAILWAYS松竹中井貴一錦織良成錦織良成★★★★
65孤高のメス東映堤真一、夏川結衣加藤正人成島出★★★★★
5告白東宝松たか子中島哲也中島哲也★★★★★
5シーサイドモーテルアスミック・エース生田斗真、麻生久美子柿本流守屋健太郎★★★☆☆
12FLOWERS-フラワーズ-東宝蒼井優藤原周小泉徳宏★★★☆☆
12アウトレイジWB=オフィス北野ビートたけし 三浦友和北野武北野武★★★☆☆
12ねこタクシーAMGカンニング竹山永森裕二亀井亨★★★☆☆
12ケンタとジュンとカヨちゃんの国リトルモア松田翔太 高良健吾大森立嗣大森立嗣★★★☆☆
19瞬 またたきS・D・P北川景子、岡田将生磯村一路磯村一路★★★☆☆
26さんかく日活高岡蒼甫、田畑智子吉田恵輔吉田恵輔★★★★
73踊る大捜査線 THE MOVIE3
ヤツらを解放せよ!
東宝織田裕二 深津絵里君塚良一本広克行★★★☆☆
3ロストクライム 閃光角川渡辺大、奥田瑛二長坂秀佳伊藤俊也☆☆☆☆
10必死剣 鳥刺し東映豊川悦司伊藤秀裕平山秀幸★★★★
14借りぐらしのアリエッティ東宝志田未来、神木隆之介宮崎駿米林宏昌★★★★★
17私の優しくない先輩ファントム・フィルム川島海荷、金田哲大野敏哉山本寛☆☆☆☆
17シュアリー・サムデイ松竹小出恵介 勝地涼武藤将吾小栗旬★★★☆☆
821ハナミズキ東宝新垣結衣、生田斗真吉田紀子土井裕泰★★★★
21さよなら夏休みメディア・ワークス緒方直人 立花美優高田拓土彦小林要★★☆☆☆
94BECK松竹水嶋ヒロ、佐藤健大石哲也堤幸彦★★☆☆☆
4オカンの嫁入り角川宮﨑あおい 大竹しのぶ呉美保呉美保★★★☆☆
11君が踊る、夏東映溝端淳平、木南晴夏香月秀之香月秀之★★☆☆☆
11悪人東宝妻夫木聡、深津絵里吉田修一李相日★★★★★
11恋するナポリタン日活相武紗季、眞木大輔鈴木勝秀村谷嘉則★★☆☆☆
18THE LAST MESSAGE 海猿東宝伊藤英明 加藤あい福田靖羽住英一郎★★★☆☆
25十三人の刺客東宝役所広司天願大介三池崇史★★★☆☆
25君に届け東宝多部未華子、三浦春馬根津理香熊澤尚人★★★★★
25恋愛戯曲ショウゲート深田恭子、椎名桔平鴻上尚史鴻上尚史★★★☆☆
25おにいちゃんのハナビゴー・シネマ高良健吾、谷村美月西田征史国本雅広★★★★★
102スープ・オペラプレノンアッシュ坂井真紀青木研次瀧本智行★★★★
9死刑台のエレベーター 角川吉瀬美智子、阿部寛木田薫子緒方明★★☆☆☆
9半次郎ビーズ榎木孝明丸内敏治五十嵐匠★★★☆☆
9乱暴と待機メディアF=ショウG浅野忠信 美波冨永昌敬冨永昌敬★★★★
16桜田門外ノ変東映大沢たかお江良至佐藤純彌★★☆☆☆
22雷桜東宝蒼井優、岡田将生田中幸子廣木隆一☆☆☆☆
23森崎書店の日々ファントム・フィルム菊池亜希子、内藤剛志日向朝子日向朝子★★★☆☆
30SP 野望篇東宝岡田准一、堤真一金城一紀 波多野貴文★★★☆☆
30マザーウォータースールキートス小林聡美、小泉今日子白木朋子松本佳奈★★☆☆☆
1113ふたたび swing me againギャガ鈴木亮平、財津一郎矢城潤一塩屋俊★★★★
20ゲゲゲの女房ファントム・フィルム吹石一恵、宮藤官九郎大石三知子鈴木卓爾★★★☆☆
27信さん・炭坑町のセレナーデゴールドラッシュ小雪 池松壮亮鄭義平山秀幸★★★★
124武士の家計簿松竹=AA堺雅人、仲間由紀恵柏田道夫森田芳光★★★☆☆
23相棒 劇場版Ⅱ東映水谷豊 及川光博輿水泰弘和泉聖治★★★☆☆
23最後の忠臣蔵WB役所広司田中陽造杉田成道★★★★★
 ※ 脚本担当者が複数いる作品については、トップクレジットを表記している。


(10-3)流れ星 [ドラマレビュー]

流れ星 完全版 DVD-BOX

[ DVD-BOX ]
流れ星 完全版

( ポニーキャニオン / ASIN:B0045UADVM )

『 流れ星 』
最終回
( 2010年 フジテレビ 公式サイト
演出:宮本理江子 脚本:臼田素子、秋山竜平 出演:竹野内豊、上戸彩、松田翔太、北乃きい、稲垣吾郎

この『流れ星』が行間を読ませるドラマだということにはこれまでも言及してきましたが、実は最終回には行間どころか、白紙のページが挟まっていて、この白紙を想像して「読む」ということは、決して無粋なことではないし、このドラマを語る上で避けては通れない作業だと思うようになりました。それは、このドラマを作った人たちの熱い真摯な想いを感じ取ったからです。

前回のレビューで、監督が俳優さんのお芝居を信頼して撮影に臨むことによってこのドラマを大成功に導いてくれたということに触れたのですが、私は、このドラマの作り手が信じていたものがもうひとつあるのではないかと考えています。それは我々、視聴者です。作り手の心理として当たり前のことですが、自分が作り上げたものが最終的にどのように受け止められたのかということはとても気になるものです。そもそもドラマ製作の目的は、作り手が意図したあるテーマを表現し、それによって感動を生み出すことであり、それが視聴者に伝わり、何かを感じてもらわなければ意味がないのです。

とは言え、不特定多数の受け手を想定しなければならないテレビドラマは、表現のさじ加減が非常に難しいのだと思います。説明不足とか難解なものは論外だし、表現が押し付けがましいテレビドラマも視聴者はしらけてしまい、言葉足らずも過剰な表現も視聴者を惹きつける要素とはなりえません。ただ、ひとつ言えることは、テレビには常に「わかりやすさ」というものが求められるということです。つまり、テレビドラマの作り手がそのストーリーの構築と表現にあたって重視しなければならない要素は、「誰にでも伝わるように作る」ということなのです。近年のテレビドラマは、これを穿き違えているところがあって、だったら台詞で説明すればいい、絵的にそのものを直接見せればいい、と考えている制作者が多いような気がします。

果たして『流れ星』の制作者は、この「わかりやすさ」と「良質なテーマ表現」のバランスをどうやって実現していたのでしょうか。私は、このドラマがやってのけたのは、すべての人が根源的に共有している普遍的な感性に訴えるような表現だったのではないかと考えています。いささか漠然としすぎているので、敢えてこのドラマが表現した感情を具体的に挙げてみます。

・ 人を好きになる気持ち
兄妹が互いを思いやる気持ち
・ その気持ちを容易に表現できないもどかしさ
・ その想いが相手に届いたときの喜び
・ 相手の想いを受け止めたときの喜び ・・・

これらは誰もが人生で経験したことがある普遍的な感情であり、このドラマの制作者はこれらを表現するのに「説明」が必要なはずはないという確信を持ってこのストーリーを構築し、その表現を完成させたのだと思います。つまり、受け止める視聴者の感性を信じたのです。

たとえば、これまでのレビューで取り上げたシーンを振り返ってみても、このドラマの登場人物は、これらの感情を「言葉以外の何か」で表現しており、言葉(=頭)を介していない分だけ、直接的に我々の感性を揺さぶるのです。そしてそれらは普遍的な感情なだけに、なおさら我々の感性に届くスピードは速く、これが「わかりやすさ」につながっているような気がしています。このような表現が実現できた背景には、我々の感じる力を信じてくれた作り手の想いがあったということを私は忘れたくないと思っています。

私が最終回の「白紙のページ」を想像し、読み取らなけらばならないと思い始めたのは、そんな作り手の想いに行き着いたからであり、これはとても有意義な作業になるはずです。そして、この作業は我々が作り手の想いに応えることにもなると思うのです。

ここで言う「白紙のページ」とは、健吾(竹野内豊)が警察に出頭し、梨沙(上戸彩)が健吾との別れを決断してから、二人が再会を果たす最終回のラストシーンまでの1年間のことで、すなわち主人公二人がこの間、どんな気持ちで過ごしていたのか、ということになります。前々回のレビューで、私はこの二人の気持ちを「迷い」と表現したのですが、その迷いがどこから来るものなのかを掘り下げなければ、このドラマの最終回のレビューは完成したことにはならないと思います。

「もういいよ・・・」二人の迷いは、第9話のラストから始まるものです。このときの健吾の決断は、表面的には修一の悪意を逆手に取る痛快なものにも写るかもしれませんが、健吾の心情としては、良心の呵責に耐えかねたというのが正直なところでしょう。誠実な健吾のことですから、修一のプレッシャーがなくても、結局この決断に行き着く可能性はあったと思います。ただ、このときの健吾にとって梨沙の存在はとても大きいものになっており、彼女のことを想うと、その決断が本当に正しいのか、大いに迷ったに違いありません。私は、健吾が梨沙に相談せずに独りで決めたというところに、この苦悩の深さが現れていると思っています。一方で、梨沙は健吾と二人で生きていくことを決意した矢先に、健吾が重大な決断を自分に相談せずに独りで下してしまったことに大いにショックを受けたに違いありません。最終回で梨沙は、落ち着いたら健吾と連絡を取るように神谷に促されますが、すべてに失望したように「もういい・・・」と吐露します。

果たして、健吾と梨沙それぞれの、この時から始まる共通の心情は何なのでしょうか。私は、「自信の喪失」だと考えています。健吾は、あの決断に至るまでに大いに苦悩し、決断した後も本当に自分が下した決断が正しかったのか、答えは見つからなかったのだと思います。そして、自分の決断によって結果的に梨沙を裏切ることになってしまったという事実が、再び梨沙の前に立つのに必要な「自信」を奪ったのだと思います。一方で、梨沙は、健吾が自分に相談してくれなかったことに対して、健吾が本当に自分のことを必要としているのか、わからなくなってしまったのではないでしょうか。健吾の人生を揺るがす重大な決断に彼女の意思がまったく反映されなかったことに、自分は本当に健吾に相応しい人間なのか、「自信」を持てなくなったのだと思います。梨沙の「もういい・・・」は、健吾に対してということもあると思いますが、半分は自分の無力さに対してだったかもしれません。

2010122902.jpg前々回のレビューで触れた二人の「迷い」のベースには、この「自信の喪失」があったのだと思います。健吾は、決して梨沙のことを忘れてはいないけれど、梨沙が自分を許すはずがないと思い込んでおり、梨沙とニアミスした時の表情は、彼女を追いかけたいけれど、やっぱりできないという健吾の「迷い」を象徴するものだったと思います。一方で、梨沙もアクアショップを職場として選んでいる時点で、健吾のことを忘れていないのは明らかで、それでも神谷との会話で梨沙が健吾のことに一切触れないのが、「迷い」ということになると思います。また、アクアショップを職場とし、毎日銀行に入金をしているという梨沙の行為は、健吾とのわずかな接点を求めてのものであり、この梨沙の行為の消極さも「迷い」を象徴するものということになると思います。そして、梨沙は、健吾がまだ自分を必要としてくれているのなら、自分の居場所を探し出し、迎えに来てくれるかもしれないという淡い期待を胸に、この1年間生きてきたに違いありません。

以上のような観点を踏まえて、最終回のラストをもう一度振り返ってみたいと思います。健吾がその迷いを打ち消し、自信を取り戻した瞬間は、やはり梨沙の「それ前に聞いた」という言葉から、梨沙のこの1年間の想いを汲み取った瞬間だと思います。そして、梨沙が迷いを消し、自信を取り戻した瞬間もやはり健吾が自分を迎えに来たと知った瞬間だったと思います。しかし、梨沙はラストシーンで、それが自分の勘違いだったということにも気が付くのです。そう考えると、梨沙が健吾の「一緒に帰ろう」に対して、すぐに返答できなかった理由が見えてくると思います。

「一緒に帰ろう」
「それも前に聞いた」
「帰ろう」
「・・・」
「帰ろう」
「・・・うん」
00000000000000000000000000000000000     「・・・うん」

梨沙は、健吾が通帳を返しに来ただけだと知って、大いに落胆し、再び自信を喪失したに違いありません。だからこそ梨沙は、健吾が発した最初の「一緒に帰ろう」を容易には信じようとせず、「それも前に聞いた」と答えて、健吾の真意を確かめようとしたんだと思います。そして再度の「帰ろう」に対する梨沙の無言は、梨沙の「もう一度だけ確かめたい・・・」という気持ちが反映されていたのではないでしょうか。そして、最後の「帰ろう」を聞いて、ようやく梨沙の顔に安堵の表情が浮かぶのです。

最後に、このドラマの制作者が我々視聴者を信じた結果を象徴する演出に触れておきたいと思います。どうやらこのドラマの脚本にはこのラストシーンの「その後」が存在していたようです。つまり、このドラマの脚本担当者は、このラストシーンで終わることは、表現としては不十分だと考えていたということです。それでは誰がこれをラストシーンとしたのかといえば、宮本理江子監督としか考えられないでしょう。このドラマの最終回が拡大されなかったことを残念に思っている方もいるかもしれませんが、このことは決して尺が足りなかったからという理由ではないということを強調しておきたいと思います。

私は、この宮本監督の判断には、監督のドラマディレクターとしてのキャリアが強く反映されていると考えていて、その20年以上のキャリアの中で培われた「視聴者との間合い」のようなものが確かに存在しているような気がしています。冒頭で述べたとおり、どこまで表現すれば視聴者に伝わるのかというさじ加減は、テレビドラマの制作者にとって、もっとも難しい作業のひとつであり、この加減は作品の質を決定付ける要素ともなりえるものだと思います。宮本監督がこのラストシーンをもってこのドラマを締めくくろうと決断した背景には、視聴者はこのラストからでも十分に「二人のその後」を想像してくれるに違いないという、視聴者の感性を強く信じる気持ちがあったはずです。そして少なくとも、ひとりの視聴者である私は、この判断は間違っていなかったと思っているし、この判断を賞賛しなければならないと思っています。

私はおそらくこれまでに300タイトル以上の連続ドラマを観てきたと思うのですが、大好きなドラマはたくさんあっても、これが一番というものを決めたことはありませんでした。無理やり順位付けをすることも可能なのかもしれませんが、いくつかの名作ドラマについて安易に優劣をつけるという作業はしたくないとも思っています。それでもこの『流れ星』が「一番」と言ってしまいたいという気持ちがあることも否定できないのですが、今すぐにこのドラマの評価を決めてしまう必要はないのかもしれません。このドラマを客観的に評価して、他のドラマと比較したりすることは、1年後でも10年後でもできることなので、今はもう少しこのドラマの世界観に浸っていたいといったところでしょうか。『流れ星』が一番だと言える日はそう遠くないのかもしれませんが、それはこのドラマをもっと時間をかけて噛みしめ、味わい尽くしてからにしたいと思っています。

(了)

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(10-2)流れ星 [ドラマレビュー]

流れ星 完全版 DVD-BOX

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流れ星 完全版

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『 流れ星 』
最終回
( 2010年 フジテレビ 公式サイト
演出:宮本理江子 脚本:臼田素子、秋山竜平 出演:竹野内豊、上戸彩、松田翔太、北乃きい、稲垣吾郎

宮本理江子監督の演出といえば、『101回目のプロポーズ』(1991年)における「僕は死にましぇーん!」のシーンが今もって語り草となっていますが、このシーンを今拝見すると、長回しのショットを巧みに切り返していて、あの時代にあのような撮り方をしているということに改めて非凡なセンスを感じずにはいられません。80年代後半から90年代初頭というのはドラマ演出の黎明期であり、テレビドラマに映画のような芸術的センスは必要ないという暗黙の認識が作る側にも観る側にも存在していたし、実際、この当時『東京ラブストーリー』(1991年)などの演出を手がけていたフジテレビの永山耕三監督は、この時代のドラマはただカメラを回していただけだった、と述懐していらっしゃいました。そんな中で、この『101回目のプロポーズ』は、脚本が野島伸司氏ということもあるし、演出的観点から見ても今でも十分に鑑賞に堪えるだけのクオリティを有していると思います。

ご覧のとおり、「俳優さんのお芝居を撮っている」のです。これは当たり前のことなのですが、これを忘れてしまっているディレクターが本当に多いというのが、近年のテレビドラマに対する私の率直な感想です。俳優さんのお芝居を「ただ撮る」ということは、映像作家と呼ばれる人たちにとっては、とても怖いことなのかもしれません。果たしてそれだけで見ている人に伝わるのか?そういう疑心暗鬼が監督を技巧に走らせ、映像に過剰な手心を加えさせるのかもしれません。

そんな潮流の中で、この『流れ星』が肝の据わった正攻法の演出によって俳優さんのお芝居のポテンシャルを最大限に引き出し、登場人物の心情や物語の情感を映像に刻み付けることに成功しているということはこれまでも強調してきました。なぜそんな当たり前でありながら困難な芸当ができたのかといえば、そこに監督と俳優さんの信頼関係があればこそのものだったと思っています。以前にも書きましたが、できる人のお芝居を切り刻むことほど野暮なことはないわけで、平気でそんなことをできる監督がいたとしたら、それは俳優さんのお芝居を信用していないか、あるいは俳優さんのお芝居を信じて撮ることで生まれる効果があるということを知らないからでしょう。

本作のチーフディレクターである宮本理江子監督は、冒頭でも触れた非凡な映像センスをベースとして、そこにドラマ演出の原点に立ち返った手法をこのドラマに持ち込み、大成功に導いてくれました。私は宮本監督の作品を十数年前から拝見させて頂いていますが、本作はそのキャリアの集大成と言ってもいいのではないかと思うようになっています。ここからは私の勝手な推察ですが、宮本監督をそのような原点に立ち返らせたのは、俳優の故・緒形拳さんだったのではないかと考えています。

2010122501.jpg宮本監督のこのドラマ以前の直近作は『風のガーデン』(2008年)で、これは緒形拳さんの遺作ということになります。このドラマでとても印象深かったのが、死期を悟った中井貴一さん演じる主人公が、絶縁状態にあった緒形拳さん演じる父と6年ぶりに親子の会話をするシーンです。これが10分近いシーンをおそらくカット割なしの一発撮りをしていて、複数のカメラでお二人のお芝居を余すところなく撮っているわけです。テレビドラマでこんな演出に出会えるとは思ってもみないことだったので、強烈に印象に残っています。

この映像にお二人のお芝居とともに映っていたのは、そこに張り詰める「空気」でした。この空気とは、監督が作り出したものではなく、紛れもなく名優のお二人が生み出したものであり、誤解を恐れずに言えば、監督がやったことは「この撮影手法を選択した」ということでしかないわけです。そして、この長いシーンで緒形拳さんの肩にトンボが止まっていたのは本当に奇跡であり、このことはここで言う「空気」を象徴するものだったと思っています。私は、俳優さんのお芝居を素直に撮ることで映し出され、表現されるものがあるということをこんなにも実感した経験はなかったし、あの空気感を撮ることこそが映像表現の真髄だと思うようになりました。

映像作家ならば、この緒形拳さんのお芝居が生み出した「空気」をもう一度撮りたいと思うのは当然のことだと思います。そして、宮本監督がこの『流れ星』において、竹野内豊さんと上戸彩ちゃんのお芝居が生み出す空気をしっかりと映像に刻み付ることに成功したのは、ご覧になられたとおりです。前置きが長くなりましたが、以上のような観点から、最終回のラストシーンの演出を振り返るつもりでおります。

主演のお二人のお芝居が何らかのプラスアルファを生み出す下地として、展望台にクラゲの水槽を持ち込み、このドラマを締めくくるのに相応しい場面設定を作り上げてくれた作り手のアイデアをまずは賞賛しなければならないでしょう。ライティングを抑えた展望台の中、漂うクラゲに囲まれてたたずむ二人の姿は、それだけで非日常であり、これが演じている二人の感情表現に及ぼす効果は決して小さくはなかったでしょう。その結果として、このラストシーンに独特の「空気」が生まれ、それが映像に刻まれていたのは間違いありませんが、もう少し具体的に言えば、健吾と梨沙のこのシーンならではという「一瞬の表情」を切り取ることに成功しているところが演出的効果だったと思います。

  A
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  B
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まずは、1年ぶりに二人の目が合った瞬間です。クラゲが漂う水槽越しに二人の表情を捉えるショットはこのドラマの演出を象徴するとても美しい絵であり、二人の微妙な表情の変遷を水槽越しに20秒ほどもかけてじっくりと押さえる演出はこのドラマならではのものということになるでしょう。そして、これがラストカットに繋がっていきます。

最初にこのラストシーンを観たときは、最後のカットは梨沙の「どっち?」から始まっているものだと思っていたのですが、何度も観ているうちに、もっとずっと前、梨沙の「何で来たんだよ」から始まり、最後まで6分近くも切っていないのではないかと思い始めています。このカットではおそらく少なくとも4カメを使用しており、相当周到な準備が必要だったと思います。このシーンのカメラリハーサルは数時間を要したのではないでしょうか。そして、この長いカットを一発撮りで決めようというのですから、主演のお二人のお芝居への集中力は、我々の想像を絶するものだし、だからこそ生まれたものがあったということは、我々が目にしたとおりで、これは厳然たる事実ということになります。このような撮影手法を選択できるのは、監督及びスタッフと俳優さんの間に強い信頼関係があればこそだったということをもう一度確認しておきます。

なぜ数分間にも及ぶカットを企図し、ひとつのカットにここまでの労力をかけるのか?それはもちろんこのドラマを締めくくる最重要のシーンだからということになりますが、それに加えて、私は健吾と梨沙それぞれの、この「一瞬の表情」を捉えるためだったと考えています。

  C
2010122506.jpg
  D
2010122507.jpg

Cのショットは前回も触れた梨沙の「それ前に聞いた」という言葉が意味するところに気が付き、健吾の迷いが消えた瞬間の表情ということになります。この直後に健吾は「梨沙・・・」と呼びかけます。Dのショットは健吾に抱きしめられて再度の「帰ろう」を聞いた梨沙が、その表情を弛めた瞬間の表情ということになります。これでそれまでの緊張を解いた梨沙は「うん」と頷き、ようやく安心したように大粒の涙を落とすのです。これらの表情は演じている竹野内豊さんと上戸彩ちゃんの内なる感情が巡り巡った末に生み出されたものであるということは言うまでもないでしょう。

もっとも「一瞬」ということで言えば、我々はこのシーンで次々と移り変わる二人の表情を無数に目にしているわけですが、これらは監督が狙って撮れる表情ではなく、数分間のカットが巧みに構成されることによって、演じているお二人の感情の奥深いところから湧き出てきた表情であり、それが生まれるまでの「流れ」を絶たないからこそ得られたものだと思います。そして、健吾の絞り出すような「帰ろう」、それに対する梨沙の「うん」は、これもまたこの空気の中でこそ生まれる声のトーンで表現されたものであり、もはやこれは台詞とかお芝居といったものを超越したところにあるものだったと思います。

最後にこの名シーンを巧みに盛り上げてくれた隠れた演出に言及しておきたいと思います。このドラマに主題歌をベースとしたいわゆるタイトルバックが存在しなかったのは、演出的観点から言えば特筆すべき事実であり、これによって獲得したおよそ2分弱の尺を俳優さんのお芝居の余韻に回すことができたということには、準備段階での宮本監督の判断があったと思います。そして、このドラマがタイトルバックがないことを逆手にとって、スタッフ・キャストのクレジット表示を本編を盛り上げるために巧みに利用していたということにも触れておかなければならないでしょう。

以前、このドラマの主題歌の使い方という観点から第2話のラストの演出を取り上げたことがありますが、この第2話のラストでは主題歌と同様、本編の終わりから逆算した形でクレジット表示が始まります。このゆっくりと静かに表示されていくクレジットから我々は何を感じ取るでしょうか。物語の「終わり」だと思います。このときのラストでは主題歌とクレジット表示がいったん終了してから、次回への繋がりと広がりを予感させるシーンをもうひとつ用意しており、この「終わる」という感覚からの転換こそが、演出上、劇的な効果を生み出していたということになると思います。

2010122508.jpg最終回ではこのクレジット表示がどのタイミングで始まったのかというと、なんと21:40です。単純に数字だけを見れば早すぎるということになるわけですが、重要なのは本編上でのタイミングです。クレジットが導入されたのは、梨沙が健吾を追いかけようと店を飛び出したポイントでした。これは物語が動き、一気に収束していく基点であり、併せてOST「流れ星」が始まることによって、「いよいよ終わる・・・」という感慨を否応なく我々に強要するのです。クレジットが終了したのは、二人があの「約束」に思いを巡らしたポイントで、ここから仕切りなおすようにラストシーンが始まるのは、第2話と同じということになります。あの次々と静かに現れるクレジット表示とこのドラマを象徴する音楽をもって、我々の気持ちを確実に盛り上げ、あのラストシーンへのつなぎとしてしまう演出には脱帽するしかありません。

このドラマの演出を映像演出以外の観点から振り返ると、タイトルバックの割愛、それによって生まれた尺の活用、またそれに基づく冒頭、終盤のクレジット表示、そして次回予告、さらに最終回で言えば提供バックと、連続ドラマの常識をある部分では破り、ある部分では有効に活用するという前代未聞の試みが随所でなされています。このドラマは内容もさることながら、技術的な観点からも、今後業界的にはかなりの影響力を与えていくような作品になるのではないかと思っています。少なくともこのドラマを観ていない業界人は、かなりのもぐりということになってしまうのは間違いないでしょう。

次回、このドラマを総括する文章をもってまとめとしたいと思っていますが、今回同様、ちょっと専門的過ぎてあまり面白い文章にはならないかもしれません。年内の完成を目指したいと考えています。

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(10-1)流れ星 [ドラマレビュー]

流れ星 完全版 DVD-BOX

[ DVD-BOX ]
流れ星 完全版

( ポニーキャニオン / ASIN:B0045UADVM )

『 流れ星 』
最終回
( 2010年 フジテレビ 公式サイト
演出:宮本理江子 脚本:臼田素子、秋山竜平 出演:竹野内豊、上戸彩、松田翔太、北乃きい、稲垣吾郎

やはり改めて「プロの仕事」というものには脱帽するしかありません。第8話のラストシーンを観てしまっている我々が最終回のラストシーンに期待するものは「あれ以上」です。そして、その期待を裏切らないどころか、我々には思いもよらないラストシーンを作ってしまうところが「プロの仕事」です。私もこのドラマのラストシーンをいろいろ想像しました。ラストシーンに「クラゲ」は絶対に外せないということは私にもわかりました。しかし、クラゲの水槽を展望台に持ち込んでしまうとは・・・素人の想像を超えていました。このドラマを象徴する2大要素である「クラゲ」と「流れ星」がこんなに簡単に結びついてしまうんですから、本当に素晴らしいアイデアでした。ラストシーンについては後ほどゆっくりと振り返るとして、もうひとつの「プロの仕事」にも触れておかなければなりません。ラストシーンが演出力なら、こちらは脚本の力ということになるでしょう。

梨沙(上戸彩)の兄・修一(稲垣吾郎)の存在は、結果的にこのドラマを大いに盛り上げてくれたキーパーソンだったのは間違いありません。私は、修一という存在が健吾(竹野内豊)と梨沙にとっての最後の障害となることは予期していましたが、物語の中盤で修一の狡猾さや執念深さ、妹への変質的な愛情が描写されるに至っては、以前にも触れたとおり、もはやこの方面の決着をつける方法は修一の死をもってするしかないと感じていました。そして、案の定、最終回の序盤で、彼が飛び降り自殺をする描写が盛り込まれました。しかし、これは先週の次回予告にあった描写を超えるものではなく、このままでは終わらないと思っていたら、結局、この兄妹は「元鞘」に戻ってしまったわけです。私が懸念していた修一についての描写を「きれい事」で決着させる意図が見えてきて若干の失望感を抱いてしまいました。

ただ、これがただの「きれい事」ではないことを印象付けるために、この最終回では、修一の心情描写にかなりの時間を割き、重大なフェイク(騙し)をもって、説得力を生み出しています。私がこの脚本を「プロの仕事」と評しているのはこの点です。序盤に修一の自殺描写を盛り込み、これを「未遂」とさせている時点で、すでに私の想像を超えた脚本だったと言うことも可能で、これまで観ていて当然予見された「修一の死」を逆手に取る形で物語に決着をつけるとは、やはりこれは素人の想像を超えた仕事だったと言えるでしょう。

修一自身が梨沙との決別を決意するに至る下地として、冒頭における修一とマリア(北乃きい)の会話はとても重要な意味を持っていると思います。これまでの修一の行動は、客観的には常軌を逸しているとしか捉えられませんが、当の本人には妹に対する当たり前の愛情表現としか考えられないわけです。修一に対する客観的な視点は、他者である健吾の台詞として何度も修一に投げかけられてきましたが、修一の心に響くことはありませんでした。

「梨沙は、あなたと一緒にいても、幸せになれないと思います」
「あなたは、どこまで梨沙を苦しめるんですか」

それが、他者であっても梨沙と同じく「妹」としての立場から発せられるマリアの言葉は、修一の心に凶器のように刺さっていくわけです。

「お兄ちゃんが困ったとき、今度は私が助ける」

修一がこのマリアの言葉を梨沙の言葉として想像できなかったのは明らかで、このとき初めて梨沙との兄妹関係が持つ致命的な欠陥に気が付いたのだと思います。修一はこのマリアの兄に対する率直な言葉をもって自分が知らなかった兄妹の在り方を突きつけられ、初めて自分の行為の過ちと自分が妹を苦しめていたという事実に気が付きます。このことはこれまでの修一の生き方を否定するような事実であり、彼が衝動的に「自殺」という行為に及んだことについてこれといった違和感はないでしょう。これまで修一とマリアの接触がなかったのは、最初からこの展開を狙っていたものだと考えられます。そして、この自殺が未遂に終わったことは、なにも「きれい事」で終わらせるためではなかった点がこの脚本の巧みなところです。

ハッピーエンドが規定路線だとして、果たしてどうやって健吾と梨沙に再び接点を生み出すのか、中盤以降、私の興味はその点に集中しました。ふたりを繋げる存在として神谷(松田翔太)が序盤から積極的な行動を見せますが、梨沙に対して何も強要しないのは彼らしいところで、結局梨沙の背中を決定的に押すことはありません。このあたりの神谷の紳士的な言動は、もどかしさを感じてしまうところですが、最終的に梨沙と健吾を積極的にさせるきっかけを付与したのが修一だったのは見事としか言いようがありません。

修一は自らの過ちに気が付き、入院生活の中で梨沙との関係を見直そうとしていたのは間違いないとは思いますが、実のところ彼は、自分の生き方そのものを変えることは困難であることに気づき始めていたのかもしれません。そんなときに見つけたのが梨沙の預金通帳だったわけです。毎日少しずつ入金しているという「願掛け」のようにも見えるその行為そのものが健吾への強い想いを象徴しているし、通帳の裏に張られたクラゲのシールでその想いを形にしているのはこのドラマらしい描き方です。これを見た修一の「真意」がこのドラマの結末を左右していたのはご覧になられたとおりです。そして、このきわめて重要な修一の意思というものに演出的フェイクをかけているのは、ドラマの見せ方としては秀逸だったと思います。

通帳を見て梨沙には帰る場所があることを悟った修一は、梨沙の前から消えるという決断を下したわけですが、このとき重要なのは、この彼の決断のベースには、梨沙との関係性において自らの過ちに気づいた一方で、自らの生き方までは変えられないという結論が同時に存在している点です。つまり、彼の「改心」が限定的なものであるところが、これがただの「きれい事」で終わっていないところであり、実際、街の雑踏に消えていく修一が電話をかけていた相手は、以前からの知人であり、決して堅気になったわけではないということが窺えます。そして、修一が梨沙の通帳を持ち去らずに健吾の元へ届けたところが、彼の「限定的な改心」に偽りがないという証左となっているわけです。

さて、とにもかくにも我々はこのドラマのラストを振り返らなければなりません。この最終回における主人公ふたりの心情を描写するにあたってのテーマは「迷い」の表現だったと思います。健吾は結果的に梨沙を裏切ったという負い目を抱えており、梨沙とニアミスしたときに追いかけられなかったのは、その種の心情に基づく「迷い」があったからに他なりません。梨沙はというと、アクアショップで働いている時点ですでに健吾のことを忘れてはいないのは明らかであり、それにもかかわらず、梨沙は神谷に対して健吾とのことがまるで存在しなかったかのように話すわけです。さらに梨沙は先にも述べたように毎日銀行に入金するという健吾の存在を意識した行動をしており、この相反するふたつの要素こそが「迷い」だったと思います。また、修一に通帳を持ち去られたと勘違いした梨沙が神谷とともに北海道へ行こうなどと言い出したのは、通帳がなくなることで健吾との唯一の繋がりが奪われてしまったと考えたからでしょう。このドラマのラストはそんな二人の「迷い」が消えた瞬間を描いているのだと私は考えています。

私は、梨沙の迷いが消えた瞬間とは、バイト先のアクアショップに訪ねてきたのが健吾だとわかった瞬間だったと理解しています。彼女がアクアショップでバイトすることを選んだ深層心理には、健吾に自分を見つけてもらいたいという気持ちが介在していたはずで、健吾が彼女の居場所を知るのは時間の問題だったかもしれません。ただ、梨沙の居場所がわかっても、健吾の「迷い」が吹っ切れることにはなりません。実際、健吾は梨沙の勤務先を知っても、行動を起こすことはありませんでした。つまり、この場合、彼がアクアショップを訪ねた理由は、通帳を返す以上の意味はなく、あったとしても負い目に基づく謝罪の言葉しか出なかったかもしれません。それに対して梨沙は、この時点では通帳が健吾の手に渡っていることを知らないわけで、純粋に健吾が自分の居場所を見つけ、迎えに来たと思ったに違いありません。梨沙が健吾を追いかけて走り出したのは、この瞬間を待ちに待っていたからであり、健吾の胸に飛び込むつもりだったはずです。

そして、いよいよふたりが再会するのがラストシーンということになります。このシーンは、健吾の迷いが消える瞬間を切り取っているとも言えます。健吾の迷いを消したものは果たして何だったのでしょうか。1年前の「約束」を想起させる梨沙の台詞から起こしてみます。

「どっち?・・・流れ星」
「あ・・・あっちかな・・・」
「こっからでも見えないじゃん」
「そうかな・・・」
「あんたんちのクラゲ元気?」
「ん・・・もういないよ・・・」
「え?」
「水族館に全部引っ越した」
「そうなんだ・・・今頃寂しいって泣いてんじゃないの・・・」
「クラゲには脳はないからね、寂しいとか悲しいとかそういう感情はないんだよ」
それ前に聞いた

健吾の迷いを消した言葉は、これなんだと思います。このパートにおいて梨沙の台詞に登場する「流れ星」も「クラゲ」も、すべて1年前に二人が共有していたものであり、梨沙があの出来事を決して忌まわしい過去などとは考えていないことが表現されています。その上での「それ前に聞いた」は、梨沙がこの一年間、健吾との思い出を大事に胸に刻んで生きてきた証であり、例によってこのシンプル過ぎる言葉ですべてを表現してしまうこの脚本は本当に素晴らしい。そして、この梨沙の言葉を噛み締めた健吾が「梨沙・・・」と呼びかけ、振り返った梨沙の顔を見た瞬間が、消えた迷いが「確信」に変わった瞬間だったと思います。

「一緒に帰ろう」
「それも前に聞いた」

梨沙にもう一度同じ台詞を言わせるところが、本当に心憎い。
この言葉を聞いた健吾がなりふり構わず、梨沙を後ろから抱きしめます。

帰ろう
「うん」

このドラマが、敢えてきわめてシンプルな台詞を用いることによって、観る者に行間を読ませ、登場人物の心情を巧妙に描写することに成功してきたということには、これまでも再三触れてきました。そして、そのスタンスが最後まで貫徹されたのはご覧のとおりです。このドラマに感情移入し、ひとつひとつのシーンを丹念に観てきた人ならば、この健吾の「帰ろう」という言葉に一口では語れないとても深い意味が込められているということに同意していただけると思います。このドラマがこのシーンで終わってしまったことに対して物足りないと考えている方もいるかもしれませんが、私はこの脚本はこのドラマを締めくくるのに相応しい最高の言葉を選択したと思っています。二人のその後については、この「帰ろう」という言葉から我々が想像すればいいものだし、それこそがこのドラマの「流儀」なのですから。

この最終回については、演出面にも当然言及するつもりだったのですが、途中から分けて執筆せざるを得ないという結論に達しました。さらに、このドラマを総括した文章も併せて執筆するつもりだったのですが、これも機会を改めさせていただきます。大変なドラマに出会ってしまったということは、この一事からも実感しているところです。

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