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  • e97h0017e97h0017NHK『セカンドバージン』に出演中の長谷川博己さんは文学座出身の33歳。私は全く存じ上げなかったのですが、世の中にはいい役者さんが埋もれているものだと感心しています。埋もれた才能の発掘という意味でもNHKの存在意義は大きく、今度はこれを見た民放のPが彼を放っておかないでしょう。

(2)流れ星 [ドラマレビュー]

流れ星 完全版 DVD-BOX

[ DVD-BOX ]
流れ星 完全版

( ポニーキャニオン / ASIN:B0045UADVM )

『 流れ星 』
第2回
( 2010年 フジテレビ
 公式サイト
演出:宮本理江子 脚本:臼田素子、秋山竜平
 出演:竹野内豊、上戸彩、北乃きい、松田翔太、稲垣吾郎

ご覧になりましたでしょうか、今回のラストシーン。主題歌をかぶせたエンドクレジットが終了してから、もう1シーンあるというのが今回の構成でしたが、このラストシーンは、連続ドラマの醍醐味とも言うべき、次週への期待感を大いに盛り上げる素晴らしいシーンに仕上がっていたと思います。前回は触れることはできませんでしたが、第1話もこれと同じ構成になっていたと思います。

岡田健吾(竹野内豊)が妹・マリア(北乃きい)の命を救うために槇原梨沙(上戸彩)に形式的な婚姻を依頼するというのが今回のあらすじで、健吾が梨沙の抱える事情(=兄の存在)を知って婚姻を諦めかけていたところに梨沙が訪ねて来たのがラストシーンということになります。注目すべきは、エンドクレジットが終わる頃には、今回のストーリーはほとんどまとまっているというところです。それにもかかわらず、もう1シーンあるところが連続ドラマの特性を見事に生かしきった脚本と演出だったと言えると思います。

そのような「まとめ」の印象にはエンドクレジットとコブクロさんの主題歌が大きく貢献しているわけですが、健吾が勤める水族館に梨沙が訪ねてきたところで、主題歌がぶっつりと途切れます。そこから始まるラストシーンでストーリーが大きく動くというところに、私は作り手の高度なテクニックを見た気がしています。

こういう脚本構成は、一昔前はそんなに珍しいものではなかったと思いますが、近年のテレビドラマは、1話完結型のストーリー構成が多く、連続ドラマの醍醐味というものを感じることが少なくなりました。そのような近年のテレビドラマ界の趨勢の裏側には、各話の結びつきを強くし過ぎてしまうと視聴者の途中参加を阻害し、視聴率が落ち込んだ場合に盛り返すのが困難になるという製作者の守りの姿勢が介在していると考えられます。

それでも視聴率が低迷している月9が、連続ドラマの伝統的な手法に回帰しているのは、開き直りと捉えることもできるかもしれませんが、視聴率なんか知ったことではない、いち視聴者からすれば、これによってこの作品が高いクオリティに仕上がってくれれば何にも言うことはありません。今回のラストシーンを見て、私は純粋に次回が楽しみだと思ったし、そのような連続ドラマならではの感覚を久しく忘れていたので、ちょっと興奮気味といったところです。

今回のラストシーンについては演出面にもぜひ触れておきたいところです。今回もエンドクレジットが終了してから、かなりの尺がありました。主人公二人の関係がやっぱり切れかけたように見えたところで、もう一度つながるという大きな展開を見せて、次回にブリッジしていくわけですが、そのような新展開を巧みに印象付けていたのが、主題歌の再導入でしょう。

「私にはあんたしかいねぇんだよ!」

一度は切れたと思われた二人の関係を、この梨沙の言葉がつなぎとめます。梨沙のこの台詞に最前ぶっつりと切れた主題歌のサビが被せられることによって、二人の「つながり」を巧みに盛り上げて、二人の「これから」にも大きな拡がりを感じさせてしまうのは、ひとえに演出の力だったと思います。そして、この言葉を聞いた健吾が婚姻届に署名したところで終了。今回も黒みへのフェードアウトで終わっていました。

私のドラマ主題歌へのこだわりについては以前にも述べたとおりで、はっきり言ってこれはお手本のような主題歌の使い方だと思います。この絶妙な主題歌の入り方も、私が興奮を禁じえないの理由のひとつかもしれません。

最後に、本作には脚本協力として、ベテランの伴一彦先生が参加していますが、このようなストーリー構成は、伴先生の力添えというものが多分に感じられる部分であるということも指摘しておきます。

とにかく来週が楽しみ。久々にこういう感覚を味あわせてくれるドラマに出会えて私は単純に嬉しい限りです(^^)。

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  • e97h0017e97h0017『てっぱん』再放送(HD録画)なう。安田成美さんをとても久しぶりに拝見していますが、変わらずおキレイですよね。中学生の時に『同・級・生』というドラマで主演していた安田成美さんを見て、生まれて初めて女優さんに恋してしまったのを思い出します。石田純一さんも出てたっけなぁ・・・

桜田門外ノ変 [映画レビュー]

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 (C)2010 『桜田門外ノ変』製作委員会

『 桜田門外ノ変 』
( 2010年 東映 137分 )
監督:佐藤純彌 脚本:江良至、佐藤純彌 出演:大沢たかお、長谷川京子、伊武雅刀、北大路欣也
          Official Wikipedia / Kinejun          

「桜田門外の変」は、史実の上でも人間ドラマの宝庫であり、これを題材とした著作物が決して多くはないことを一昨年の大河ドラマ『篤姫』を見てからというもの、不思議に思っていたところですが、その矢先に映画化されるという話を聞いて、本作についてはかなり早い段階から注目していました。鑑賞前は、本作を手がけるのが佐藤純彌監督というところに一抹の不安を抱いておりましたが、本作に対する「期待」は、ほとんどその部分だけが的中してしまったと言っていいでしょう。

本作をエンタテインメント作品に仕上げようとするならば、言うまでもなく井伊直弼暗殺の事件描写を終盤に持ってきてクライマックスとするべきであり、それをしなかったということは本作のテーマがあくまでも襲撃を画策・実行した尊攘派志士たちがたどった末路を描く人間ドラマを軸にしていたということになると思います。これは原作をみても、そもそも規定路線だったということになると思いますが、それならば水戸藩尊攘派志士たちの行動のバックボーンとなる水戸学や弘道館の存在に言及するべきであり、彼らがよりどころとした思想というものが如何なるものなのかが曖昧なうちは、彼らの悲観的末路に感情移入することは、ほとんど困難ということになるでしょう。

それにも関らず、本作の冒頭は、なんと「アヘン戦争」の説明から始まり、序盤は大老・井伊直弼(伊武雅刀)が開国路線を強行しなければならなかった理由を説明する描写に終始しています。つまり、本作は「反体制」に位置する水戸藩尊攘派志士たちを中心に描くことを宣言しておきながら、序盤の説明的描写は「体制側の論理」に終始しており、中心となるべき志士たちの人間ドラマのバックボーンともなる「思想」にはほとんど言及することはありません。この体制側の論理は、高校の歴史教科書に載っているレベルのもので、「桜田門外の変」という史実描写を際立たせるためには大いに役立っていたと思いますが、本作がその大半を割く水戸藩尊攘派志士たちの人間ドラマを盛り上げるためにはほとんど用を成していません。

水戸藩尊攘派志士たちがよりどころとする思想を表現する描写と言えば、徳川斉昭(北大路欣也)が「尊皇攘夷」という墨書きをするシーンのみであり、これでは井伊大老暗殺が藩主・斉昭の考え方を体現したものということになり、これはきわめて乱暴な描写と言わざるを得ません。そもそも水戸藩の尊皇思想は徳川光圀の「大日本史」編纂に始まる伝統的思想であり、水戸藩が御三家の中にあって異端的存在であることに触れずして、水戸藩に倒幕思想が生まれた理由、すなわち、関鉄之介(大沢たかお)たちが大老暗殺を企て、京都で挙兵しようとした動機を理解することは困難でしょう。彼らが大老を暗殺した「動機」と「志」を観客に深く理解してもらう努力を怠っておいて、志半ばで斃れていく志士たちを見て感動してもらおうというのは虫のいい話であり、終盤にかけて今ひとつ盛り上がりきれないのは、彼らがよりどころとする思想にほとんど言及しなかった「つけ」ということになると思います。

さて、そのような「体制側」の史実描写にあたっては、1980年代初頭の『二百三高地』や『大日本帝国』のような歴史大作映画を見ているかのような古臭い演出がやたらと目立ってしまいました。アヘン戦争を説明する極東の地図から始まる冒頭がその最たるものですが、「歴史」を強調するような大仰なナレーションや音楽、あるいはタイトル出しのカットで雪の上に血のりを撒くという発想も時代錯誤と言わざるを得ません。そのタイトルカットは、カメラが現代の国会議事堂から桜田門にパンして、幕末にオーバーラップするカットになっているわけですが、1カットで現代と過去をつなぐような演出はストーリーを「大げさに盛る」ような役割を果たしています。さらにラストはこの逆のカット(=桜田門のカットが現代にオーバーラップして国会議事堂へパンする)でまとめようとしており、結局、本作は「歴史」にこだわって、人間ドラマを蔑(ないがし)ろにした作品だったということを確認することになりました。

もう少し具体的に本作の演出面を掘り下げてみます。志半ばで命を落としていった志士たちの最期を盛り上げる演出なのか、「金子孫二郎 斬首 享年57」というような文字スーパーを事件に関与した志士ひとりひとりに対して当てることにこだわっていたようですが、終盤、捕縛された志士たちに処刑が言い渡されたシーンで、11人がひとりずつ順番に引っ立てられる様子を1カットで数分間にわたって見せられたのには閉口してしまいました。しかも二人目の方が草履の片方をうまく履けずにはけてしまったので、最後まで草履がござの上に放置されてしまっており、その後の役者さんがうまく草履を履けるのかが気になってしまってとても感情移入できませんでした。単純にリテイクするべきでしょう。細かいことを言うようですが、これが数分間にわたって見せる絵であることを考えればとても重要なことです。

そして、このシーンでは引っ立てられる志士たちが一様に沙汰を言い渡した役人をにらみつけるというお芝居をしているわけですが、ここにはどのような感情が込められているのでしょうか。彼らは挙兵はならなかったものの、大老の暗殺には成功しているわけだし、もとより死を覚悟してこの大業に臨んだはずです。彼らがやってのけたことは、目の前の役人をにらみつけて抗議の意を示すようなちっぽけな行為とはどう考えても釣り合いが取れないような気がします。彼らは事ここに至っては、胸を張りこそすれ、卑屈になる必要はないわけで、これは志士たちの感情を表面的に掬い取ったに過ぎないきわめて安易な演出と言わざるを得ません。

そのような安易な演出が集約されたシーンをもうひとつ挙げておきます。事件後、関鉄之介は幕府と水戸藩から追われる身となり、水戸城下にある関の屋敷にも探索が入ります。役人に部屋を荒らされる様子を妻・ふさ(長谷川京子)と息子・誠一郎(加藤清史郎)が夫と父の行く末を想いながら見守るというシーンは、おそらく中盤の「泣かせポイント」という位置づけだったと思います。人目をはばからず涙を落とす誠一郎に対して、ふさが、

「お父上にはお考えがあってのこと、泣いてはなりませぬ」

と声をかけると、自分も堰を切ったように涙を落とします。それを見た誠一郎が母に対してそっくり同じ言葉をかけて、二人で肩を寄せ合ってさらに泣き始めるというのがこのシーンの概要ですが、これが見事に泣けないんですな。「泣いてはなりませぬ」と言いながら泣いてしまうというところに感動を生み出そうとしたんだと思いますが、二人して泣いてはいけません。

そもそも武家に生まれた男子が、子供とは言え人前で涙を流すなどということはあってはならないことで、ましてや彼はあの関鉄之介の長子なわけです。その場の雰囲気に気圧されて泣いてしまったとしても、たとえば母の言葉を受けて強かった父を思い出し、気丈に振舞うというような描き方にして、小さいながらも自分が母を守らなければならないという自我が芽生えた瞬間を切り取るというような緻密な演出を施してほしかったところです。このシーンでは、誠一郎が涙を堪(こら)えるというところにこそ、感動が生まれるべきであり、監督が役者さんに対してただ単に「泣いてください」というきわめて大雑把な演出を施しているようにしか見えませんでした。また、台詞に気持ちがこもらない女優さんと「子役」の域を脱しないお子様のお芝居、そして「泣け泣け」と言わんばかりの大げさな劇伴にもげんなりしていしまいました。「泣いてはなりませぬ」と言う台詞は観客に向けられたものでしょうか、という皮肉も言いたくなるほどの酷いシーンでした。

本作の演出面を振り返ると、非常に「大味」な印象であり、やはり70~80年代の大作映画を彷彿とさせる繊細さのかけらもない演出は、近年の日本映画の潮流とは逆行しているとしか思えません。役者が涙を流せば、観客も泣くと考えるのは大間違いです。映画ファンの目は確実に肥えてきているのですから、製作者にもこれに対応した進化をしてもらわなければ困ります。

この映画の最大の見所は、やはり序盤の井伊大老暗殺の事件描写ということになるでしょう。その成功に大きく貢献したのはオープンセットの存在であって、この映画の製作に熱い想いを持って協賛した地元有志の方々には最大級の敬意を表したいと思います。しかし、残念ながら監督をはじめとした直接的な製作者に対してそれ以上の賛辞を贈ることは到底できない、というのが正直な感想です。

総合評価 ★★☆☆☆
 物語 ★★☆☆☆
 配役 ★★★☆☆
 演出 ☆☆☆☆
 映像 ★★☆☆☆
 音楽 ★★☆☆☆


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  • e97h0017e97h0017アニメ『君に届け』再放送(HD録画)ヲチなう。映画は別モノだったんだとつくづく思い知っています。こういう世界観や感性を表現してしまう作者を尊敬します。表現していること自体は普遍的なものだから、この作品が広く受け入れられている理由は「方法論」にあるんだと思います。