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必死剣 鳥刺し [映画レビュー]

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     (C) 2010 「必死剣鳥刺し」製作委員会

『必死剣 鳥刺し』
(2010年 東映 114分)
監督:平山秀幸 脚本:伊藤秀裕、江良至 出演:豊川悦司、池脇千鶴、吉川晃司、岸部一徳
          Official Wikipedia / Kinejun          

「藤沢周平秀異の作」を映画化したという本作、確かに原作における「必死剣」とは、主人公が我流で編み出した剣技であり、「隠し剣」シリーズでは異色の作品となるでしょう。原作では主人公がなぜそんな技を生み出さなければならなかったのかという要素と主人公がなぜ藩主の妾を刺殺しなければならなかったのかという要素が解決されておらず、その意味でも多くの謎が残る異色の作品と言えると思います。映画ではそのあたりの「謎」についての製作者なりの解釈があったのか、原作にない描写を多数盛り込むことによって、主人公の「生き様」について、我々に想像の余地を与えるような構成になっている点を高く評価したいところです。とはいえ、あくまでも想像の余地を残しているのであって、核心に触れているわけではないので、以下の文章には、映画を観た上での私の解釈が含まれているということを断った上で、本作のテーマ表現に言及してみたいと思います。

藤沢周平作品が今なお根強い人気を保ち、積極的に映像化が試みられている理由は、時代物でありながら、現代に通じる日本人の心情や価値観といったものを物語に織り込んでいるからであり、ある部分では現代人が失ってしまった古きよき時代の日本人を思い出させてくれるからだと思います。その一方で、現代人には理解し難い時代背景や社会風俗といったものが少なからず盛り込まれており、それに基づいた登場人物の心情というものは時に我々には推し量れない場合があります。現代に生きる我々の価値観と最もかけ離れているのが、「武士の生き様」であり、主従関係が絶対である封建社会における武士の立場というものを理解して作品に臨まなければ、藤沢文学の奥深いところまでは到達できないと思います。

藩随一の剣豪が政争に利用されていくというストーリーは、藤沢作品のひとつのパターンとして多くの名作を残してくれています。映画化された作品では、山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』や『隠し剣鬼の爪』がこのパターンであり、黒土三男監督の『蝉しぐれ』もこの要素を含んでいます。これらの作品では、主人公が自分の剣が政争に利用されることに憤りを感じながらも、藩命に従って自らに課せられた仕事を受け入れ、自らの剣で人生を切り開こうとします。そして、行き着いた先に「日本人の心」が存在してるところが我々に感動と深い余韻を残してくれます。それに対して、本作は、政争に利用されてしまった主人公が最終的に命を落としてしまうという悲観的な結末であり、感動というよりも複雑な余韻が残る作品となっています。本作の結末は「日本人の心」というよりも「武士の生き様」でまとまっている点が「異色」という作品表現に繋がっているのだと思います。

そのような「武士の生き様」の根幹を成すのが、自らの命に対する考え方で、武士にとって主君や藩のために命を賭すことは当たり前のことであり、名誉ですらあったわけです。それは現代の「命を大切に」という価値観からは想像もできない考え方ですが、近代に入ってからは「天皇のために」と言葉を変えて、ほんの65年前まで確実に存在していた価値観ということもできます。そのことは現在の価値観では「命を軽視している」と考えることもできますが、武士というものは「常に死を意識している存在」だと考えると、むしろ自分の命というものに日々向き合っていたのが彼らであるということもできると思います。本作における主人公の行動や考え方の真意とは、そのような武士固有の価値観に立ってこそより深く見えてくるもののような気がします。

映画では兼見三左エ門(豊川悦司)の人物像を掘り下げるために、亡くなった妻(戸田菜穂)との過去の日常を盛り込んでいますが、それは兼見が藩主の妾・連子(関めぐみ)を刺殺した動機のひとつと考えることができると思います。直接的な描写はありませんが、兼見にとって妻の死が人生に絶望するほどの出来事だったとすれば、自らの命を差し出すに値する場面を想定するのは、武士としての性(さが)だったかもしれません。そして、兼見は藩の悪政の元凶である藩主の妾を排除するために自らの命を賭します。しかし、その行為に対して藩が下した処分が兼見の意図に反して寛大なものであり、死を覚悟して凶行に及んだ兼見がそれに対して憤りを見せたのは至極当然のところだったと思います。

1年間の閉門を終えてもなお周囲との交わりを絶ち、兼見が隠遁に近い生活をしていたのは、自らの残りの人生を「死に体」と考えていたからに他なりません。そのような生活の中で、兼見は連子の墓を訪れますが、これは原作にはないシーンです。このシーンでかつて連子の側に仕えていた尼僧が兼見に連子を刺殺した理由を問いますが、兼見はこれに答えず立ち去ります。兼見にとって連子の命を奪ったことは、結果は別として藩のために及んだ行為ではなく、ましてや連子に対して個人的な恨みがあったわけでもありません。あえてその理由を明確にすれば、自分の死に場所を作るために他者の命を奪ったのであって、理由を問われても答えられない兼見の複雑な心中を我々は想像するしかありません。

もうひとつの謎、兼見が「必死剣」を我流で編み出さなければならなかった理由についても「武士の生き様」という視点に立つとある程度の解釈が可能と思います。武士というものが、この世に生を受けた瞬間から主君のために命を捧げることを厭わない存在であるとすれば、おのずと常に死を意識した行動を取るのが武士の生き方ということになります。彼らが平穏な江戸時代の後期にあっても、剣の腕を磨き続けるのは、それこそが武士としての彼らの存在意義であり、常に死と隣り合わせでなければならない自らの生き方を確認するためだったかもしれません。そう考えると、死を覚悟した瀕死の遣い手が最後に相手に一太刀浴びせる「必死剣鳥刺し」という技を考え出した兼見という男は、武士としての「覚悟」がはっきりと備わった生粋の武士であったということができると思います。

原作にはない表現として、映画には兼見が実際に鳥刺しをするシーンがありますが、兼見はそれを剣の修練のために昔はよくやったものだと説明します。鳥刺しとは、そもそも鷹匠と呼ばれる役職の武士が、藩主の鷹狩りに使用する小鳥を捕まえるために行っていた作業で、藤沢作品の中にはこれを題材とした作品も存在しています。私は鳥刺しを武士の剣の修練のために奨励したという話は初耳でしたが、江戸時代には家臣に魚釣りを奨励した藩も実際に存在していて、それらが要求する集中力や対象物との間合い、一瞬の判断と静から動への切り替えといったものが、剣の修練に大いに役立つことは我々でも容易に想像がつくところだと思います。兼見はそのような修練の中で鳥刺しを応用し、そこに武士としての覚悟を併せて「必死剣」を編み出したわけですから、兼見という男はやはり武士の中の武士ということができるのではないでしょうか。

そして、そんな「武士の生き様」をその人生において体現しきってしまった兼見にとって、残りの人生は「死に体」でしかなかったはずですが、中老の津田民部(岸部一徳)に近習頭取に取り立てられると、再度武士としての人生を強いられていきます。それでも兼見が姪の里尾(池脇千鶴)との関係の中で残りの人生に積極性を見出していくところが、藤沢文学らしい健全なところで、里尾という存在は兼見が行き着く先にあったはずの「日本人の心」ということになります。主演の豊川悦司さんは、兼見にとって里尾の積極さは「誤算」だったと解釈していますが、残りの人生に武士としてだけではない別の生きる価値を見出した兼見にもうひとつの「誤算」が生まれてしまいます。その結果、結局兼見が武士としての生き方を集約した「必死剣」を繰り出して息絶えてしまうところは、この物語のやりきれなさであることは間違いありませんが、「ひとりの武士の生き様」をこんなに鮮烈に表現する方法は他にはありえなかったでしょう。

さて、本作の演出については、是非深く掘り下げておきたいし、絶対に触れなければならないところですが、作品を1度しか観ていない状況でこの作品の演出面を批評するのは、ちょっと難しいと思っています。途中まで書いてみたのですが、やっぱり再度鑑賞して確認しなければならないことも少なからずあって、秀作なだけに中途半端な記憶で書くのは避けたいと思うようになりました。特に本作は殺陣、所作ともに非常に緻密な演出がなされているので、再度の鑑賞で細部を確認した上で、後日じっくりと言及してみたいと考えています。ラスト15分の殺陣はやっぱりもう一度じっくり見たいというのが正直な感想です。

関連記事 : 花のあと (2010-04-03)
山桜 (2009-09-27)

総合評価 ★★★★
 物語 ★★★★★
 配役 ★★★★★
 演出 ★★★★
 映像 ★★★★
 音楽 ★★★★


り・ぼん - My Little Lover [音楽]


My Little Lover 
『 り・ぼん 』
作詞:akko 作曲:Tetsuhiko 編曲:Tetsuhiko and other
( 2006年11月8日 / avex trax )

          Official / Artist Profile  Wikipedia          

昨日のログでドラマ主題歌のあり方に触れましたが、
『夏の恋は虹色に輝く』の主題歌が、「松本潤主演だから嵐」というのはやっぱりあまりにも短絡過ぎると思います。
実際この曲は劇中では使えない、使わないわけですから、
これは最初から主題歌が持つ役割と演出的効果を放棄した選曲だったと言わざるを得ません。
テレビのプロデューサーというものは、
メディアを超えて様々なジャンルに対してアンテナを常に張り巡らせていないと務まらない仕事だと思いますが、
このドラマのプロデューサーは、少なくとも主題歌の選曲において、そのアンテナを活用することはなかったようです。

テレビドラマというものは今も昔も女性の支持を得ることが大変重要で、
主演の松本潤君がそのあたりに大いに貢献しているのは言うまでもありませんが、
もうひとりの主演、竹内結子ちゃんのシングルマザーという役柄は、
彼女自身のプライベートとオーバーラップする部分があって、こちらもまた女性の支持を得やすいところだと思います。 
そのような視点で行くと、このドラマの主題歌を担当するアーティストとして
My Little Loverは最適だったと思いますがいかがでしょうか?

私は、昔から聴きながら映像が思い浮かぶような想像力を掻き立てる曲に魅力を感じます。
この「り・ぼん」という曲を初めて聴いたときからドラマの主題歌にぴったりの曲だと思っていて、
『夏の恋は虹色に輝く』の第1話を観終わったときに、こういう曲を主題歌にすればよかったのにと思ってしまいました。
夏にも合うさわやかで明るい曲でありながら、akkoさんのどこか憂いを秘めた歌声が独特の情感を添えてくれていて、
私の感覚では、少なくとも第1話のラストシーンにこの曲ははまっていたと思います。
そして何よりも、akkoさんの女性としての存在感が、このドラマの主人公の役柄、
および主演の竹内結子ちゃんのそれとオーバーラップするところが最大のポイントです。

ドラマのプロデューサーには、そのような想像力を駆使したドラマ作りを期待したいところですが、
このドラマについて言えば、主題歌の選曲ひとつとっても、
ドラマ制作のベースとなる作業に真剣に取り組んだ形跡が見られないのは大変残念です。
主題歌の選曲が本当に「松本潤主演だから嵐」でしかなかったのであれば、
いよいよフジテレビのドラマプロデューサーの力量を疑わなければなりません。
もっともそれ以前にジャニーズ事務所とのパワーバランスが働いている可能性も否定できませんけど・・・


テレビドラマの主題歌を考察する [ドラマレビュー]

1990年代のテレビドラマは、主題歌の選曲に大変なこだわりを持っていた作品が多く、
ドラマのためにオーダーメイドした主題歌というものも少なくありませんでした。
そして、いつしかCDを売るためにはテレビドラマとのタイアップが必須条件という時代に突入していくわけですが、
その先駆け的なテレビドラマが1991年の『東京ラブストーリー』(フジテレビ)ということになります。

このドラマのチーフディレクターだった永山耕三氏は、
(『ひとつ屋根の下2』(1997年)でル・クプルの「ひだまりの詩」をかけたのがこの人です。)
劇中音楽にこだわるあまり、オーケストレーションのオリジナル楽曲を作曲家に依頼し、
当時はまだ珍しかったテレビドラマのオリジナルサウンドトラックを作ってしまいました。
これが結構売れることがわかって、このドラマ以降、現在までテレビドラマのサウンドトラックは当たり前になっています。

そして、主題歌にこだわったのが、このドラマのプロデューサーだった大多亮氏です。
大多氏はこのドラマのターゲットだったF1層(20~34歳の女性)に受けるアーティストとして小田和正氏に主題歌を依頼、
最初にできた曲を気に入らないとして、作り直しをお願いしたというのは有名な話で、
そうやってできた曲があのイントロで始まる「ラブ・ストーリーは突然に」でした。
大多氏の主題歌の選曲基準には、劇中、それもドラマの終盤でかけるという大前提が存在しており、
主題歌をドラマ制作上最も重要なツールのひとつとして位置づけていました。
これ以降、ドラマの主題歌は、終盤にドラマを盛り上げて、次週への期待感を煽るという機能を効果的に果たすようになり、
それと同時に、ドラマそのものが楽曲のプロモーションビデオ的な役割を果たし、
テレビドラマとタイアップした曲は売れるという時代に突入していくわけです。

このタイアップ効果に着目したレコード会社が、テレビ局にアーティストと楽曲を売り込むようになると、
いつしかテレビ局側の意識の中では、上で述べたドラマの主題歌が本来果たすべき役割は二の次となり、
単に人気があるアーティストの楽曲を順番で主題歌としてピックアップするようになっていきます。
CDが売れない時代と言われて久しい現在では、主題歌の選曲は必ずしもそう単純ではないと思いますが、
最初から劇中でかけることを前提にした主題歌というものがどれだけ存在しているでしょうか。

今クールのドラマで言えば、日本テレビの『美丘~君がいた日々』の主題歌「蛍」は、
プロデューサーの加藤正俊氏が福山雅治さんに依頼したものだそうです。
福山さんは大多亮氏も主題歌作りでは全幅の信頼を置いていた方なので、
今作もドラマの情感にピッタリとはまったとてもいい曲に仕上がっています。
このドラマでは演出的にも主題歌をラストシーンでかけるという伝統的な手法をしっかりと取り入れているし、
2話まで見た感覚でいえば、ストーリー的にもとても印象的なラストシーンを作っていて、大変好感が持てるドラマです。

その一方で、主題歌が持つ演出的効果にいち早く着目したフジテレビのドラマはというと、
月9の『夏の恋は虹色に輝く』を例にとれば、嵐ファンには申し訳ありませんが、
主題歌の「Løve Rainbow」という曲はそのタイトルはともかくとして、
どう考えても劇中で使えるような情感を湛えた曲ではなく、タイアップそのものが目的の選曲だったと言わざるを得ません。
そのような主題歌の欠点を補うべく、
YUIちゃんの「Please Stay With Me」を挿入歌として設定しているんだと思いますが、
これはこれで、使えるシーンが限定されそうな曲で、常にラストシーンでかけるわけにもいかなそうです。
第1話のラストシーンでは、通常の劇伴が使用されており、
やはり主題歌を劇中で効果的に使う演出的意図が存在していないのはちょっと残念でした。

以下に月9史上、主題歌がドラマの演出に大きく貢献していた代表的な作品を挙げてみました。 

 TITLETHEME SONGARTIST 
 『東京ラブストーリー』(1991年)
『101回目のプロポーズ』(1991年)
『ひとつ屋根の下』(1993年)
『あすなろ白書』(1993年)
『この世の果て』(1994年)
『妹よ』(1994年)
『いつかまた逢える』(1995年)
『ピュア』(1996年)
『ロングバケーション』(1996年)
『バージンロード』(1997年)
『ラブジェネレーション』(1997年)
『リップスティック』(1999年)
『天気予報の恋人』(2000年)
「ラブ・ストーリーは突然に」
「SAY YES」
「サボテンの花」
「TRUE LOVE」
「OH MY LITTLE GIRL」
「めぐり逢い」
「あなただけを~Summer Heartbreak」
「名もなき詩」
「LA・LA・LA LOVE SONG」
「CAN YOU CELEBRATE?」
「幸せな結末」
「フレンズ」
「SEASONS」
小田和正
CHAGE&ASKA
財津和夫
藤井フミヤ
尾崎豊
CHAGE&ASKA
サザンオールスターズ
Mr.Children
久保田利伸withナオミ・キャンベル
安室奈美恵
大滝詠一
レベッカ
浜崎あゆみ
 

これらのドラマをご覧になられたことがある方ならば、主題歌を聞くとにドラマの映像が浮かぶ、
あるいは逆にドラマを思い出すと主題歌が浮かぶ、といった作品ばかりということに同意していただけると思います。
それもそのはず、これらのドラマではほとんど毎回のようにラストシーンで主題歌がかかっていたんですから。
これ以降は残念ながら、主題歌が持つ演出上の価値は低下していきますが、
それはこれらのドラマを手がけた大多亮氏や亀山千広氏といった敏腕ドラマプロデューサーが
ドラマ制作の第一線を退いたことと無関係ではないと思います。
近年のフジテレビのドラマを見ていると、どうもプロデューサーの世代交代がうまくいかなかったような印象を覚えていて、
主題歌の選曲もそのような印象についての一因となっています。

 

ここからは余談ですが、
『バージンロード』の主題歌の「CAN YOU CELEBRATE?」というタイトルには未だに違和感を覚えてしまいます。
私はこの当時、受験勉強真っ只中だったので、
他動詞である "CELEBRATE" が目的語を伴っていないことにずっと違和感を感じていました。
文章として正しいのは、"Can you celebrate me(our marriage)?” だと思うんですが、歌ならいいんですかね?
私の違和感はあくまでも受験英語の範疇なので慣用句としてはあり得るのかもしれませんが・・・
小室さんは早稲田出身ですから、文法的な誤りは百も承知で、語感を優先した結果だと思いたいところです。
本当にどうでもいい話でした、、、(^^;


(上)夏の恋は虹色に輝く [ドラマレビュー]

『夏の恋は虹色に輝く』
(2010年 フジテレビ 全10回)
演出:澤田鎌作 脚本:大森美香 出演:松本潤、竹内結子
          Official Wikipedia / TV Drama DB          

夏のドラマはヒットしないという定説がありますが、
実は月9史上、「夏」という題材に真っ向から取り組んだ作品というものはほとんどなく、
私が思いつく限りでは、1997年の『ビーチボーイズ』ぐらいのものではないかと思っています。
ましてやラブストーリーに「夏」という要素を真正面から盛り込んだ作品となると、ちょっと思い浮かびません。
その意味ではタイトルに「夏の恋」というキーワードが入っている本作は、実は大変画期的な作品となる可能性があります。

「夏」を象徴するものといえば、いわずもがな「海」ということになりますが、
第1話の冒頭は、「波」を捉えたハイビジョン制作ならではの大変美しい映像から始まります。
私はこのテレビドラマっぽくない映像から「夏」という要素を積極的に盛り込んでいく演出上の意図のようなものを感じ、
今までの夏ドラマにはなかった大きな期待感を抱かずにはいられませんでした。
もっともその直後には、短いカットを繋ぐいわゆる「テレビドラマっぽい」演出に「やっぱり」戻ってしまったわけですが、
中盤以降、主人公二人が再会する砂浜のシーンや墓参の雨上がりのシーンなどでも、
印象的な絵作りがしっかりとなされており、第1話を通じて「夏」を際立たせるメリハリのある演出が健在だったところに、
私のこのドラマに対する期待感が殺(そ)がれることはありませんでした。

脚本を担当している大森美香さんは、軽いタッチの作風が特徴で、
人間ドラマを描いていくというよりも、シチュエーションや登場人物のキャラクターといった雰囲気で見せるストーリーは、
悪く言えば「内容がない」ということになりますが、「夏の恋」という状況設定ありきの本作では、
そのような作風が効果的に働いてくるような気がしています。

第1話では、「二人の出会い」というラブストーリーにおいて最も重要なシチュエーションが、
確信犯的に「非日常」を盛り込みつつ、主人公二人のキャラクターを「状況」の中で的確に説明するような
オリジナリティのあるアイデアに基づいていた点を高く評価したいところです。
スカイダイビングというのはボンボンの趣味としては納得がいくところだし、
楠大雅(松本潤)のアクシデントに対するリアクションとそれを冷静に処理しようとする北村詩織(竹内結子)の態度は、
二人のキャラクターを視聴者に対して巧みに印象付けるものだったと思います。
また、「すげぇ泣いてたくせに」という台詞で二人の対等な人間関係を表現するところも見事でした。

第1話の視聴率は15.7%ということで、上々の滑り出しと言えると思いますし、
詩織の「ワケあり」ぶりを匂わせた第1話の終わり方は、今後の展開を大いに期待させるもので、
内容的にも充分満足のいく滑り出しだったと思います。
今後も「夏の恋」というスペシャルな要素を見失わないストーリー展開とそれを引き立てる演出に期待したいところです。

関連記事 : (下)夏の恋は虹色に輝く
り・ぼん - My Little Lover
テレビドラマの主題歌を考察する

 
 参考:大森美香さんが手がけた主な作品
  『カバチタレ!』
(2001年 フジテレビ 常盤貴子主演)
  『ロング・ラブレター 漂流教室』(2002年 フジテレビ 常盤貴子主演)
  『ランチの女王』(2002年 フジテレビ 竹内結子主演)
  『きみはペット』(2003年 TBS 小雪・松本潤主演)
  『不機嫌なジーン』(2005年 フジテレビ 竹内結子・内野聖陽主演)
  『風のハルカ』(2005年-2006年 NHK 村川絵梨主演)
  『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』(2006年 日本テレビ 長瀬智也主演)
  『エジソンの母』(2008年 TBS 伊東美咲主演)
  『ブザー・ビート~崖っぷちのヒーロー~』(2009年 フジテレビ 山下智久・北川景子主演)


タグ:竹内結子

瞬 またたき [映画レビュー]

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        (C) 2010 「瞬」製作委員会 

『瞬 またたき』
(2010年 スターダストピクチャーズ 110分)
監督・脚本:磯村一路 出演:北川景子、岡田将生、大塚寧々
          Official Wikipedia / Kinejun            

本作のプロットは、以前このブログでも取り上げた『群青 愛が沈んだ海の色』(2009年)に通じるものがありますが、本作の場合、主人公の「恋人の死」に対する向き合い方がとても前向きなものであり、積極的に恋人の死の真相に関わろうとする主人公の健気な姿に我々はいつの間にか惹き込まれています。この点において本作は、ラストシーンの最後のカットまで主人公の「再生の過程」が一貫して頽廃的ですらあり、文学的とも言えた『群青 愛が沈んだ海の色』とは一線を画しており、主人公の前向きさを前面に出して描いていく本作におけるテーマ表現の方法は、とても映画に相応しいものだったと思います。

主人公の園田泉美(北川景子)が弁護士の桐野真希子(大塚寧々)の力を借りてその記憶の空白を埋めようとする過程は、推理小説のように観るものの興味をつないでくれていますが、私の一番の興味は、事故死した泉美の恋人・河野淳一(岡田将生)が最後の瞬間に泉美に残したであろう「言葉」にありました。『虹の女神 Rainbow Song』(2006年)のレビューでも触れましたが、「故人から遅れて届くメッセージ」がもたらす切なさというものは、近年の映画作品では効果的に多用されている手法で、既成の作品におけるそのような「メッセージ」は、手紙やカセットテープ、ビデオといった物理的なものに託されることが多かったと思います。本作においてはそのようなメッセージが主人公の記憶という非物理的なものの中に存在しているところがそれまでになかった点であり、それがどんな言葉でどのように表現されるのかに、私の本作に対する興味の大半が奪われていました。

今年、NHKで放送されたテレビドラマ『八日目の蝉』でも、主人公が幼少期のトラウマのせいで、育ての母が別れ際に残した言葉を思い出せずにいますが、その記憶をたどる旅の中で明らかになったその「言葉」が持つ衝撃と、一人の女性のそれまでの人生をすべて表現し切ってしまう力強さに私は一気に涙をあふれさせてしまいました。

「その子、まだ朝ごはん食べてないんです!」

この台詞については、このドラマがすごいというよりも、作家さんの表現力に脱帽しなければならないところで、本作のラストメッセージに対して私の期待が大きくなってしまったのは、本作にも作家さんによる原作小説が存在していることを知っていたからかもしれません。しかし、ふたを開けてみると、角田光代さんほどの作家さんがそう多く存在しているわけではないことを確認する恰好になってしまいました。本作において淳一が泉美に最後に残したメッセージには、「恋人を心配する」以上の意味はなく(それで充分とも言えるが)、それはここまで作品を観てきたものであれば容易に想像がつく心情だし、淳一が事故の瞬間に取った行動が明らかになった時点で、そのような淳一の気持ちはすでに表現されていたとも言えます。主人公の記憶をたどる長い道程の先の先にあった「言葉」がこれでは、もったいぶったわりにインパクトを欠いていたと言わざるをえません。

しかし、本作のラストにはそのようなストーリーの根幹に対する「期待はずれ」を補って余りある衝撃のシーンが存在していることにも同時に言及しておかなければなりません。記憶から欠落していた事故直後の空白の10分間を思い出した園田泉美の回想シーンは、観るものすべてを黙らせてしまうような映画史上でも稀有な性質を有したシーンとなっています。ネタバレは常套の本ブログですが、まだ公開中ということもありますし、さすがにこのシーンの核心を紹介するのははばかられます。それはこのシーンが筆舌に尽くしがたいあまりにも衝撃的なシーンとなっているからということもあるかもしれません。

ただ、このシーンを映画製作上の観点から評価すれば、「役者と監督のガチンコ勝負」が見られるシーンと言えるかもしれません。北川景子ちゃんは、日常表現についてはスバ抜けてうまい女優さんだとは思いませんが、ここ一番のシーンでの集中力と瞬発力、それに基づいた感情表現は、同世代の女優さんの中では抜きん出ていると思います。磯村一路監督は、そんな女優さんの特性を理解したうえでこのシーンの演出に臨んだのは間違いないところで、このシーンにおける数分間に及ぶ長回しは、女優さんの力量を信じていなければできないものだったと思うし、その期待にほとんど完璧に応えた北川景子ちゃんのお芝居には敬意すら抱いてしまいました。

以前、『おっぱいバレー』(2009年)のレビューで、ここ一番のシーンで女優さんのお芝居をぶつ切りにする監督の愚行を糾弾しましたが、そもそも映画監督に要求される仕事の根底にあるものは「カット割り」などの技術的なものではなく、俳優さんや脚本が持つ魅力と特性を理解し、それを引き出そうとする姿勢でなければならないと思います。あくまでも「技術」はそのためのツールでなければならないと思いますが、若手映画監督の中には自分の「技術」に基づいた映像表現を見せびらかせることに忙しい監督が多いのも事実で、それは大変残念なことです。彼らには映画が表現するべきものの本質が何なのかをこの映画のこのシーンから汲み取ってもらいたいものです。その意味では本作は、磯村一路監督が久々にその存在感を十二分に示してくれた作品になっていると思います。

総合評価 ★★★☆☆
 物語 ★★★☆☆
 配役 ★★★☆☆
 演出 ★★★★

 映像 ★★★★
 音楽 ★★★☆☆

(追記)
大変興味深いレビューを発見しました。私が持ち合わせていない視点なので紹介させていただきます。
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id336304/rid82/p3/s0/c27/


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