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機動警察パトレイバー the Movie [映画レビュー]

機動警察パトレイバー 劇場版 Limited Edition [DVD][ DVD ]
機動警察パトレイバー 劇場版

( バンダイビジュアル / ASIN:B002KLKXTA )

[ DVD ]
機動警察パトレイバー 劇場版 Limited Edition
( バンダイビジュアル / ASIN:B00012T0IA )

[ Blu-ray
]
機動警察パトレイバー 劇場版
( バンダイビジュアル / ASIN:B0018KKQAU )

『機動警察パトレイバー the Movie』
(1989年 松竹 98分)
監督:押井守 脚本:伊藤和典 出演:古川登志夫、富永みーな、大林隆介
          Official / Wikipedia / Kinejun           

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(C) HEADGEAR / EMOTION / TFC

本作を一言でいえば、「時代を先取りした作品」であり、今となってはコンピュータ犯罪というプロットは目新しいものではありませんが、公開当時はまだパソコンがほとんど一般家庭には普及しておらず、同時に「難解な作品」という側面も持ち合わせていました。

私は、中学生のときにTV版パトレイバーの延長線上で本作を観たわけですが、当時は冒頭と終盤のレイバーによる戦闘シーンのカッコよさしか理解できませんでした。VHSを買って毎年一回は観ていたと思いますが、大学生になってもその内容についてはいまいちピンときていなかった記憶があり、本作の難解さが、単に「子供にとって」のものではなく、作品世界に現実世界が追いついていなかったことによるところが大きかったような気がします。


舞台は1999年の東京。1995年に首都圏で発生した大地震により、その瓦礫の処理と都市の膨張に伴う用地不足解消を兼ねた東京湾岸開発プロジェクト「バビロンプロジェクト」が推し進められていた。その建設需要に対応すべく、レイバーと呼ばれる作業ロボットが急速に普及するが、レイバーによる犯罪も急増し、警視庁は警備部内にパトロールレイバー中隊を新設して、これに対処した。

これがシリーズの大まかな舞台設定ですが、その優れた先見性のひとつは、「コンピュータの普及」であり、劇場版では、レイバーが自動車のように内燃機関で動くような単純なものではなく、コンピューター制御である点を掘り下げています。しかも、OSというソフトウェアに仕組まれたコンピュータウィルスが犯罪に使用されるという、今となっては常識ともいえるコンピュータ社会の危うさに着目しています。

OSなどという概念がこの当時に理解できるわけもなく、ましてやコンピュタウィルスの本質も一般にはよく知られていない時代ですから、本作の物語については、完全に置いてきぼりという人が多かったと思います。しかし、本作が描く犯罪の性質については時代の経過とコンピュータの普及によって、大分理解しやすくなっていると思います。実際、コンピュータ犯罪を題材とした作品も多く作られるようになりました。

本レビューで掘り下げてみたいのが、犯人である帆場暎一(ほばえいいち)の「動機」です。これに関してはいまだに「難解」な部分を残していますが、漠然とですが、現在の人類が抱える環境問題などの地球規模の問題に着目すると、そこにも本作の先見性の高さが見えてくるような気がします。

本作が公開された1989年というと、いわゆるバブル景気の後期で、今現在の価値観で言えば、「無秩序」な都市開発が推し進められていた時代であり、そのことがもたらす「歪み」のようなものに着目する人が当時どれだけいたでしょうか。さすがに本作では「バブルの崩壊」までは想定していませんが、景気拡大の一方で斜陽にさらされる要素というものが確実に存在していることに言及しており、古い物を壊して盲目的に新しい物を受け入れる人間に対するの警鐘という意味合いを含んでいます。

2009112802.jpg

たとえば、名場面との評価が高い松井刑事が帆場の痕跡を追うシーンは、音と映像のみで寂れた下町の風景を切り取っていきますが、常に高層ビルとの対比で描写されていきます。実際、帆場は再開発から取り残された下町のボロアパートを転々としており、松井刑事は帆場がそこから高層ビルを見上げて考えていたことに漠然と思い当たります。そして、その帆場の思考が、旧約聖書を引用して語られている点もきわめて斬新であり、帆場が自らを神と位置づけ、コンピュータ言語を麻痺させるコンピュタウィルスを駆使して「バビロンプロジェクト」を「バベルの塔」のごとく崩壊させようとします。

無秩序で盲目的な開発は人間を破滅させる可能性を秘めているというのは、環境問題や食糧危機などのグローバルな社会問題が深刻化した今となっては常識ですが、永続的な景気拡大を信じている人も少なくなかったバブル期においては、それが「神をも恐れぬ行為」だということに気づいていた人がどれだけいたでしょうか。都市開発の「負」の側面に目を向けて、人間の行為に警鐘を鳴らそうとする本作のテーマ性は、20年前という時代を考えると類稀な想像力に基づいているとしか言いようがなく、20年を経た今こそ帆場の犯罪の動機づけがよく理解できるし、ようやく現実世界が本作の作品世界に追いついてきたといえるかもしれません。私は、今20年越しでようやく本作のテーマをはっきりと理解した想いでいます。

また、「悪いレイバーはいない、いるのはレイバーを悪用する人間である」というのは、シリーズを通じて描かれている主人公・泉野明のポリシーですが、本作で描かれている「レイバーの暴走」は、「傲慢な人間」に対するアンチテーゼであり、そのことは「ロボットの暴走=人間の奢り」という手塚アニメ以来のSFアニメのテーマ性を継承しているような気もしてきます。その意味では、本作は舞台を近未来として、より現実的な感覚を付与したに過ぎず、伝統的なSFアニメの延長にある作品と位置づけることもできそうです。結局、「先見性」という観点で言えば、手塚治虫先生には誰も勝てないのかもしれません。

総合評価 ★★★★★
 物語 ★★★★★
 配役 ★★★★
 演出 ★★★★★
 映像 ★★★★★
 音楽 ★★★★


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サイドカーに犬 [映画レビュー]

サイドカーに犬 [DVD]

[ DVD ]
サイドカーに犬
( ポニーキャニオン / ASIN:B000Y8CYW0 )

 『サイドカーに犬』
(2007年 ビターズ・エンド 93分)
監督:根岸吉太郎 脚本:田中晶子、真辺克彦 出演:竹内結子、古田新太、松本花奈
          Official / Wikipedia / Kinejun          

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(C) 2007 「サイドカーに犬」フィルムパートナーズ

モントリオール世界映画祭で最優秀監督賞を受賞した根岸吉太郎監督ですが、本ブログでもすでに取り上げた『雪に願うこと』(2005年 ビターズ・エンド)のレビューでも触れたとおり、登場人物が生きている時代や場所といった背景を丁寧に描くことでその人物像と感情の機微を浮き彫りにする演出手法は独特であり、その作品は「文学的」なものと言えるかもしれません。

本作のストーリーもそのドラマ性についてはきわめて「ぼやけた」ものであり、あくまでも人物描写に主眼を置いています。竹内結子ちゃん演じるヨーコの素性もはっきりとは描かれないし、薫(松本花奈)の父親(古田新太)もその仕事の「あやしさ」が描かれるのみで、どういう経緯でそんな仕事をしているのかに言及することはありません。本作の特徴は、徹底して子供の目線で大人たちの行動を描いている点であり、10歳の子供が理解できない大人の事情にはストーリー上も深入りしません。

竹内結子ちゃんがタバコを吸う役を演じるというのは想像できませんでしたが、どんな役柄でも登場して1分でキャラクターを表現しきってしまうというのは本当に素晴らしい女優さんだと思います。自転車のライトを持って入ってくる動きや薫に話しかける台詞のトーンなどに「リアルに存在する人物」が冒頭からいきなり表現されており、登場した瞬間にトップスピードに持っていくそのお芝居の瞬発力には本作でも驚かされました。

そんなヨーコの人物像は、10歳の薫の視点で描かれていくわけですが、本作の成功を決定付けたといってもいいのが、その薫を演じた松本花奈(まつもとはな)ちゃんのナチュラルな子供らしさの表現だったと思います。

一昔前までは映画の出演者クレジットに「(子役)」という文言がよく見られました。それは稚拙な子供のお芝居と成人の俳優の完成されたお芝居と区別するものであり、製作者サイドの観客に対する「子供のやることですから」的な「お断り」のような意味合いがあったような気がします。最近ではめっきりそのような「お断り」は見られなくなりましたが、実際子役のお芝居というのは一昔前と比べるとそのレベルは向上しているとは思います。しかし、果たして真のプロフェッショナルである成人の俳優さんと遜色ないレベルのお芝居をする「子役」がどれだけ存在しているでしょうか。

たとえば、「こども店長」や「ポニョ」の生来の子供らしさを差し引いて、お芝居だけを純粋に評価した場合、子供があのような抑揚をつけて話をしている時点で、それは「劇団に所属している子供」でしかなく、単純に「現実世界にはそんな子供はいない」という一言でばっさり切り捨てることができるぐらいのレベルでしかないはずです。それでも、時に我々の感情を揺さぶるのは、そのお芝居とは別のところで、「子供なのにエライわね」的に我々の親心をくすぐっている部分が少なからずあるからだということも否定できないと思います。

子役が「劇団に所属している子供」であることを我々に意識させてしまうのは、その台詞の「不自然」な抑揚のつけ方に「そうやったら大人たちが喜んだ」というような子供ならではの潜在意識が存在しているからであり、私がいわゆる「子役」のお芝居に冷めてしまうのは、彼らのお芝居の背後に「親の存在」を明確に嗅ぎ取ってしまうからだと思います。

というわけで、私は「子役」にはかなり否定的な見解を持っていますが、本作における松本花奈ちゃんのお芝居については、竹内結子ちゃんのプロフェッショナルとしてのお芝居と並べても、まったく遜色なかったといってもいいと思います。もちろんそこには花奈ちゃん自身の天性の表現力もあったと思いますが、同時に私は薫という役柄に対する演出上の意図のようなものを感じ取りました。

いわゆる「子供らしさ」とはどのようなものかといえば、大人がまず想像するのは「元気がいい」とか「活発」というイメージだと思いますが、実際の子供というのは、きまぐれでわがままなものであり、大人が期待するような言動をすることは極めて少ないものです。そのことを前提としていない脚本における子供の台詞には、前述のように抑揚をはっきりつけなければならないような冗長なものが多く、台詞そのものが「子供らしさ」を奪っていることが多いような気がします。

2009112302.jpg本作における薫の「子供らしさ」は、台詞というよりも、薫の「大人を見る目」で表現されています。そのことは本作演出上の重要なテーマであり、ヨーコという人物像は「薫の目」というフィルターを通して描かれていきます。薫は大人の行動に疑問を持っても、それを見つめるだけで、余計なことは言いません。子供にとっては大人の行動というものは常に不可解なものであり、薫がその疑問をいちいち解決しようとせず、大人の事情には深入りしないところが「子供らしさ」であり、薫が大人と子供を明確に線引きしていることが感じ取れます。

そのような性質の「子供らしさ」がはっきりと表現されたシーンをひとつ紹介します。ヨーコが薫の父親のお人よしぶりに呆れて、「百恵ちゃんの家」を見に薫を連れ出しますが、ヨーコは父親の性格を前提に薫に次のような質問をします。

 「薫はさ、犬を飼うのと自分が飼われるの、どっちがいい?」

大人にしてみれば、何を云わんとしているのかはすぐに理解できるし、答えはゼロイチか両方否定しかないと思います。これに対して薫は首をかしげて、次のように答えます。

 「わかんない。わかんなけど、ただ・・・前にサイドカーに犬が乗ってるの見たことある。
 あの犬になれるんならいいなぁ。あんなふうに澄ました顔でサイドカーに乗って・・・」

こんなに「子供らしい」答え方があるでしょうか。これは薫が「大人の事情」とは別の世界に生きていることを表現しており、ヨーコはそんな薫の思いもよらない答えに、自分の悩みのちっぽけさを思い知るのです。また、両親の離婚が確定したときに薫が父親に対する抗議の気持ちを込めて「吠えた」のもきわめて子供らしい行動であり、そこには子供の言動というものは良くも悪くも大人の期待を裏切るものであるという大前提が存在しています。

本作の演出は、これらのシーンに代表されるように、薫の子供らしい素直な反応を切り取ることによって、大人たち、とりわけヨーコの感情を浮き彫りにしており、それは根岸演出の真骨頂とも言うべきものでした。本作における薫の「子供らしさ」は、演出上も表現上もきわめてリアリティを感じさせてくれるものであり、それが大人になった薫(ミムラ)の人物像にまで説得力を付与することによって、作品の質を高めることに成功しています。

総合評価 ★★★★
 物語 ★★★★
 配役 ★★★★
 演出 ★★★★★
 映像 ★★★★
 音楽 ★★★


タグ:竹内結子
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ハルフウェイ [映画レビュー]

ハルフウェイ [DVD]

[ DVD ]
ハルフウェイ
( ポニーキャニオン / ASIN:B002C2BBIO )

『ハルフウェイ』
(2009年 シネカノン 85分)
監督・脚本:北川悦吏子 出演:北乃きい、岡田将生
          Official / Wikipedia / Kinejun          

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(C) 2009 「ハルフウェイ」製作委員会

北川悦吏子さんといえば、フジテレビのドラマ『素顔のままで』『あすなろ白書』『ロングバケーション』など、90年代に高視聴率ドラマの脚本を立て続けに担当し、数々の印象的なセリフとシチュエーションを生み出したヒットメーカーですが、意外なことに映画の脚本を書いたのは本作が初めてです。ましてや初監督作品ということになるわけですが、私は、本作の存在を知ったとき、「北川悦吏子監督」というところに一抹の不安を抱きながらも、久々に北川さんの脚本を映画という形で観られることに大きな期待感を抱きました。

『ロングバーケーション』に代表されるように北川作品のタイトルは、独特のセンスが光る「造語」に特徴があり、それが物語の根底に直感的あるいは観念的に作用しているところが、作品の質を高めています。『ハルフウェイ』というタイトルにも、その響きに何かを予感させる魅力があり、私は、大いに期待してしまったのです。そして、このレビューでは北川脚本の特徴と魅力を過去のドラマ作品も引用して分析を試みるつもりでしたが、残念ながら、本作では過去の作品で観られた「北川節」も「北川シチュエーション」も完全に封印されており、断念することにしました。

選りによって初監督作品で、脚本でも新しい試みにチャレンジするとはいい度胸をしています。本作を一言で表現すれば、「内容がナイよう」であり(^^;、言ってみれば右にも左にも曲がれない狭くて暗いトンネルの中を85分間も歩かされているような感覚でした。その細くて長~い薄っぺらな内容を紹介すると、「彼氏とずっと一緒にいたいから、東京の大学を受験しないで欲しいんだけど、彼氏の希望も尊重してあげたいから、やっぱり応援することにした」という話であり、これ以上でもこれ以下でもないことは本作をご覧になられた方には同意していただけるはずです。

これが北川悦吏子脚本でなければ、「そういう駄作があったんだ」で済むところですが、実力のあるベテラン脚本家のことですから、そこに何らかの意図を読み取る必要があります。ひとつ考えられるのが、いくつもの伏線を張って巧妙に物語を作りこみ、時には奇抜な面白さを追求しなければならないテレビドラマの手法を離れて、純粋に「空気感」だけで勝負できる映画的な脚本を書きたかったのかもしれません。もうひとつは単純に脚本家よりも映画監督をやりたかったということもあったかもしれません。仮にその両方の心理が働いていたとしたら、その目的は本作において十分に達成されたと言えますが、その結果面白い作品に仕上がったかといえば、残念ながら前述のとおりです。

北川悦吏子監督の本作における映画監督としての側面に言及すると、「何にも勉強せずに撮り始めちゃったんだろうなぁ・・・」という感想であり、想像ですが、岩井俊二氏に「とりあえず撮っちゃえばいいんだよ、編集で何とでもなるんだから。なんならオレ編集手伝うし」という「助言」(?)があったかもしれません(^^;。

そのことがうかがえるのが、本作全体にわたって使用されている「同ポジで切る」編集であり、セリフの流れが必ずしも絶たれているわけではないので、いわゆる「コマ落とし」のように繋がっています。それが最初から企図したものなのか、編集の段階で方針転換してつまんだのかは判別しかねるところですが、ちゃんとした「カット割」をしていないことは確かなような気がします。わかりやすく言えば、シーン全体に渡ってカメラを回し続け、セリフをしゃべる役者さんにカメラを向けていくというきわめて稚拙な撮影手法を使用しており、その映像に編集によって後付けで意味を付与したような印象です。

私は、そのような演出に対して「違和感」しか感じ取れませんでしたが、編集で強引な意味づけをするくらいなら、最初からちゃんとカット割をして撮ればいいのにと思ってしまいました。ましてや自分が脚本を書いているのであって、脚本家が監督をやることの最大のメリットは、書きながら映像を想像できる点だと思いますが、「言葉を創造する力」と「映像を想像する力」は必ずしも一致しなかったようです。

また、先にも述べたように監督の意図が、青春時代の「空気感」を表現することにあったとすれば、それは成功したかもしれません。しかし、致命的だったのは、その「空気感」があまりにもありふれたものであり、映画が描くドラマとしては面白味に欠けてしまっていました。本作で描いているのは、よく言えば、誰もが経験した青春時代の恋愛ですが、悪く言えば、どこにでも転がっている「きわめてパーソナルな恋愛の思い出」でしかなかったような気がします。

そして、主人公のふたりが映画の主人公としてはあまりにも魅力に欠けており、登場人物に感情移入できないというのは映画としては致命的な欠陥でした。特にヒロ(北乃きい)の「わがままさ」というのは、本作のストーリー上の肝とも言うべき性格であり、そのことを表現するシーンが随所に盛り込まれていますが、それは彼氏じゃないとカワイイとは思えない種類のものであって、友達が彼女といちゃついているのをそばで見ていなければならない不愉快さのようなものを最後まで払拭できませんでした。

物語的にも、監督が伏線を張ることを嫌った結果かもしれませんが、突然降って沸いてくるようなストーリー展開にはおいてきぼり感しか感じられませんでした。中でも平林先生(大沢たかお)は、ヒロの考え方を180度変える重要な存在でしたが、序盤にワンカットだけ「身切れた」ように登場するのみであり、大沢たかおさんじゃなかったら、その存在を見逃してしまうような初出の扱われ方でした。この役柄の重要度を鑑みれば、少なくともその存在を印象づける「顔寄り」のカットが一発欲しいところです。また、終盤に突如としてヒロのお母さんが登場しますが、一緒にお弁当を作っていたので、当然シュウのために作っているものと思いましたが、結局お弁当を渡すシーンは描かれず、なんだかよくわからない唐突なシーンは我々を混乱させただけでした。

本作に惹かれた理由には、本ブログでも何度か取り上げた北乃きいちゃんの主演作ということもありました。本作においても、どこにでもいそうな高校生の女の子の「普通っぽさ」を見事に表現していたとは思いますが、そのことをもって本作が彼女の代表作のひとつになるかといえば、否であり、俳優さんというものは演じるのが薄っぺらな役柄だと、そのお芝居に対する評価も変わってきてしまうものなんだと思います。魅力的な役柄を魅力的に演じて初めて魅力的な女優さんと言えるのであり、北乃きいちゃんの代表作は、本作を見た後でも、『幸福な食卓』(2007年 松竹)であることに変わりはありませんでした。

総合評価 ☆☆☆☆
 物語 ☆☆☆☆
 配役 ☆☆☆
 演出 ☆☆☆☆
 映像 ☆☆☆☆
 音楽 ☆☆☆

関連記事 : 素直になれなくて(2010-04-22)


参考:北川悦吏子さんが脚本を手がけた作品
 『世にも奇妙な物語』(フジテレビ) ※「ズンドコベロンチョ」(1991年)ほか、10作品。
 『素顔のままで』(1992年 フジテレビ)
 『その時、ハートは盗まれた』(1992年 フジテレビ)
 『チャンス!』(1993年 フジテレビ)
 『あすなろ白書』(1993年 フジテレビ)
 『君といた夏』(1994年 フジテレビ)
 『愛していると言ってくれ』(1995年 TBS)
 『ロングバケーション』(1996年 フジテレビ) ※平均視聴率29.6%、最高視聴率36.7%(関東地区)
 『最後の恋』(1997年 TBS)
 『Over Time オーバー・タイム』(1999年 フジテレビ)
 『ビューティフルライフ』(2000年 TBS) ※平均視聴率32.7%、最高視聴率41.3%(関東地区)
 『Love Story』(2001年 TBS)
 『空から降る一億の星』(2002年 フジテレビ)
 『オレンジデイズ』(2004年 TBS)
 『たったひとつの恋』(2006年 日本テレビ)


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ハッピーフライト (下) [映画レビュー]

ハッピーフライト スタンダードクラス・エディション [DVD]

ハッピーフライト ファーストクラス・エディション [Blu-ray]ハッピーフライト ビジネスクラス・エディション(2枚組) [DVD]

 

 

 

 



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ハッピーフライト スタンダードクラス・エディション
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ハッピーフライト ファーストクラス・エディション
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『ハッピーフライト』
(2008年 東宝 103分)
監督・脚本:矢口史靖 出演:田辺誠一、時任三郎、綾瀬はるか
          Official / Wikipedia / Kinejun           

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(C) 2008 FUJI TELEVISION, ALTAMIRA PICTURES, TOHO, DENTSU

記事:ハッピーフライト (上)
記事:ハッピーフライト (中)

昨日は、具体的なエピソードを取り上げて、本作に登場するさまざまな職種の「リアリティ」について分析してみましたが、今日は引き続き、「笑いとシリアスの振れ幅」という視点で主に演出面などからアプローチしてみたいと思います。

一昨日も触れたとおり、冒頭の訓練シーンから早速笑わせてくれる本作ですが、そのシーンの直後に航空会社のプロモーションビデオかと見まごうような航空機の美しい外観を捉えた映像が始まり、そこから空港の俯瞰へと繋がれてゆき、タイトルインします。バックにかかる厳かな音楽もあって、この美しい映像と直前に笑わせてくれた訓練シーンは、およそ同じ作品のものとは思われないほどのギャップの大きさでした。この落差は作品全体を通じて、コメディ的要素とリアリティを区別して描写していくという演出上のケジメのようなものを感じさせてくれるものであり、冒頭から本作の奥行きの深さを予感させてくれます。

本作最大の特徴は、様々な職種の空港関係者を満遍なく描写しているところであり、特殊な業界ということもあって、序盤はどうしても説明的な要素を盛り込んでいく必要があります。本作の巧みな演出をもっとも実感できるのが、この序盤におけるそれぞれの空港関係者を紹介するシーンの「つなぎのうまさ」だったと思います。それは、出発準備をするパイロットの鈴木和博(田辺誠一)とCAの斎藤悦子(綾瀬はるか)という主要なキャストをなぞった後の「離陸する飛行機」を捉えるカットから始まります。

 離陸する飛行機に太陽が反射して鈴木の顔に光が当たる 
  
 その飛行機を写真に撮る飛行中年(航空機写真マニア) 
  
 鳥とニアミスする飛行機 
  
 その飛行機から連絡を受ける管制塔 
  
 出動を要請されるバードさん(バードパトロール) 
  
 再び管制塔 
  
 レーダー管制室 

この後は、再び出発準備をする主要なキャストに戻って、本作中唯一「ふざけない」整備士の真剣な仕事ぶりを押さえ、さらに物語全体を通じて機上と対を成すことになっていくグランドスタッフへと繋がっていきます。

この一連の流れを見事に繋いでるのが、「バードストライクの危険性」という要素であり、それが物語の重要な伏線となっていることころが、この「つなぎ」の巧みなところだと思います。主要な職種を網羅する説明シーンに何気なく伏線を盛り込み、それを「つなぎ」の要素とするというのはかなりレベルの高い仕事だと思います。

そして、その伏線が終盤に向けての劇的なドラマ性を生み出していくわけですが、本作におけるバードストライクが一般的にも知られるようになったエンジンに鳥を吸い込むような種類のものではなかったところが、本作の脚本を秀逸たらしめていると思います。

本作で描かれているのは、離陸直後に衝突した鳥の死骸が機体に引っかかっていて、上空でその死骸が外れてピトー管(スピード計測器)が脱落するという複雑なものであり、その「リアリティ」を疑う人もいるかもしれません。しかし、万全を期して飛ばすことが大前提である飛行機に起こりうるトラブルというのはそれが発生した時点で人知を超えているはずであり、私はむしろこれが綿密な取材に基づいた優れた想像力の賜物だと思っています。

また、パイロットとというものは、そのような何万分の一の可能性に対処するために普段から訓練を積んでいるのであって、鈴木が「あんな状況ありえるかよ」と愚痴をこぼした冒頭のシミュレーターによる訓練がきわめてリアリティのあるものだったことを再認識させてくれます。

そして、この状況をドラマチックに発展させていくのが「台風」であり、それは演出上もきわめて重要な要素だったと思います。天候の変化に登場人物の心情の揺れ動きや物語の展開を重ねる演出というのは、多かれ少なかれ多くの作品で使用される手法ですが、本作においても台風による天候の変化が「物語」と「演出」両面で大きく貢献していました。

たとえば、登場人物が悲観的になるシーンで雨を降らせるという演出はとてもわかりやすいと思いますが、物語全体を通じて「天候の変化」と「物語の展開」を重ねる演出を劇的に使用した近年の作品といえば、行定勲監督の『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年 東宝)が思い出されます。原作には台風という要素はまったく登場しませんが、映画においては「台風の接近」が主人公の記憶を掘り起こしていくという役割を見事に果たしており、きわめて「ベタ」な演出手法を完璧に使いこなした好例だったと思います。

本作においても、序盤から台風の接近にセリフなどで何気なく触れていますが、1980便が羽田に引き返すことが決定すると、物語の切迫感を司る要素が「バードストライク」から「台風」へと移行していきます。この台風による雨が降り出すのが、仕事に妥協を許さないライン整備士の小泉(田中哲司)が若いドック整備士の中村(森岡龍)を説教するシリアスなシーンであり、演出的には見事なタイミングだったと思います。

再三触れているとおり、本作中唯一おふざけなしの整備士たちの描写は、「笑いとシリアスの振れ幅」の一端を担っており、そのシリアスな役割に台風による雨が重なると、作品のトーンが一気に引き締まります。この後、中村の工具紛失が発覚することによって、物語はさらに緊張感を帯びていきます。実際、このシーンではかなりの緊迫感を表現することに成功しており、物語が新展開を迎えたことを強烈に印象付けます。

この「天候の変化」は、本作最大のテーマである「笑いとシリアスの振れ幅」をストーリー全体にわたって表現していたとも言え、演出上も見事にその役割を果たしていたと思います。このような基本的な手法をしっかりと使いこなせるところが矢口監督の映画監督としての資質がしっかりしたものであることを物語っており、序盤のテンポのいい「つなぎのうまさ」をあわせると、コメディという分野では日本を代表する映画監督といってもいいような気がします。

私は、本レビューを書くに当たって、DVDで2度見直したんですけど、やっぱりケチのつけようがありませんでした。コメディの作り方のお手本のような映画であり、「コメディ映画の金字塔」とまで言っちゃいたいと思います。

総合評価 
 物語 ★★★★
 配役 ★★★★★
 演出 ★★★★★
 映像 ★★★★
 音楽 
★★★★★

現在フジテレビで放送中のドラマ『東京DOGS』の寒い笑いのセンスにはいよいよ閉口しそうですが、鹿内さんにはこの映画を見て勉強してもらいたいものです。3日間にわたる長いレビューにお付き合い下さいまして、ありがとうございましたm(_ _)m。

(了)

記事:ハッピーフライト (上)
記事:ハッピーフライト (中)


バードストライクの瞬間を捉えた映像
(2007年4月29日 イギリス・マンチェスター空港)
離陸直後に第2エンジンに鳥を吸い込んだトムソン航空機(ボーイング757-200)は、非常事態を宣言し、空港に引き返した


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ハッピーフライト (中) [映画レビュー]

ハッピーフライト スタンダードクラス・エディション [DVD]

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ハッピーフライト ファーストクラス・エディション
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『ハッピーフライト』
(2008年 東宝 103分)
監督・脚本:矢口史靖 出演:田辺誠一、時任三郎、綾瀬はるか
          Official / Wikipedia / Kinejun           

2009111701.jpg
(C) 2008 FUJI TELEVISION, ALTAMIRA PICTURES, TOHO, DENTSU

記事:ハッピーフライト (上)<<>>記事:ハッピーフライト (下)

昨日は、本作のコメディ映画としての基本的手法を「笑いとシリアスの振れ幅」という視点でキャスティングなどから分析してみましたが、本日は、具体的なエピソードを取り上げて、本作が描いている職業の「リアリティ」に言及してみたいと思います。

それぞれの職種の「リアリティ」については、どれを掘り下げても面白いところだと思いますが、ここでは航空会社の地上業務を担うグランドホステスを取り上げてみたいと思います。ここでいう「リアリティ」とは、わかりやすく言えば「あるあるネタ」であり、パイロットやCAはあまりにも専門的な要素が強すぎますが、グランドホステスは親近感もあり、我々が普段接している接客業に近い存在だといえます。

CAの華やかさとは対照的に地味ともいえるグランドホステスについてのエピソードは、木村菜採(田畑智子)と吉田美樹(平岩紙)のふたりを中心に展開していきます。てきぱきと仕事をこなす菜採とおっとりとした性格の美樹は、コメディという視点からも名コンビだったし、親近感のある容姿の女優さんをキャスティングすることによって、我々がもっとも感情移入しやすい職種に仕立てることに成功しています。

私も接客業の端くれなので、このグランドホステスについては「あるある」というエピソードに思わずほくそ笑んでしまいました。たとえば、序盤のエコノミーからビジネスに上げるお客さんを探すくだりは、お客さんをよく観察するという接客業の基本を描いています。菜採が選んだいかにも温厚そうなビジネスマンが些細なことでクレーマーに豹変するというのはいかにもコメディですが、実際そのお客さんがどんな人なのかを確かめるチャンスなんてほとんどないわけで、お客さんを観察することで得られる情報なんていい加減なものであることに気がつきました。

その後も彼女たちの縁の下を支える報われない地味な仕事ぶりとそれに対する本音が描かれていきますが、菜採の仕事ぶりが認められるときが来ます。菜採は荷物を取り違えたお客さんのために奔走しますが、臆することなく大声を出してバスを呼び止めようとするところは、間違いなくプロフェッショナルの姿であり、転んで怪我をしながらも荷物を取り戻します。その姿を見ていたこのお客さんが「御礼をしたい」と言い出すのはドラマ的ですが、「これが仕事ですから」と言って躊躇する謙虚な姿勢と「このままでは気がすまない」という客としての立場のギャップは、接客業ではよくある構図です。

しかし、実はこのギャップこそが接客の仕事の醍醐味であり、お客さんから自分の仕事を認めてもらったことの証なのです。というわけで、私はドラマ的と思いながらも、終盤、仕事をやめたいと思っていた菜採の心情が報われたことをとても嬉しく思ってしまいました。多少誇張していても、接客の仕事というのは、こういうことがなければやっていられない仕事であり、菜採は今後もこの仕事を続てくれるはずです。

他にも、田山涼成さん演じるマネージャーが、トイレにこもった新婚夫婦を説得するシーンでは、様々な状況に応じた「決めゼリフ」を持っているというプロフェッショナルぶりが描かれていまいした。その直後に「売上」を気にする発言をするあたりも管理職としての立場をうまく表現しており、コメディ的要素にばかり目がいきがちですが、このシーンもかなりリアリティのあるものだったと思います。

機上での描写にも触れておくと、寺島しのぶさん演じるチーフパーサーの教育係としての側面もリアリティがありました。失敗の後には挽回のチャンスを与える上司としての姿勢とか、非を認めるところからはじめる謝罪とその姿を見せることによって後輩を指導するやり方などは、あらゆる仕事に通じるところがあると思います。

また、管制官の思いのほかラフな服装は意外性をもって受け止められるところだと思いますが、私が以前に見たドキュメンタリー番組で管制官に対して感じた印象と合致しており、製作者の率直な感想が盛り込まれているところだと思います。

それ以外の部分でパイロットやCAなどの専門性の高い職種についてリアリティを分析することは私にはできませんでしたが、現役のパイロットやCAからも本作の「リアリティ」についての印象を聞いてみたいものです。

明日は、本作全体のドラマ性を印象付ける演出に触れて総合評価を記載したいと思います。もう少しお付き合いください。

(つづく)

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