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山桜 [映画レビュー]

山桜 [DVD]

[ DVD ]
山桜
( バンダイビジュアル / ASIN:B001FXW0FE )

『山桜』
(2008年 東京テアトル)
監督:篠原哲雄 脚本:飯田健三郎、長谷川康夫 出演:田中麗奈、東山紀之
          Official Wikipedia / Kinejun           

2009092701.jpg
(C) 「山桜」製作委員会

藤沢周平作品の映像化といえば、山田洋次監督の3部作が有名ですが、藤沢文学の最高峰といわれる『蝉しぐれ』の映像化に熱心に取り組んだ黒土三男監督には敬意を表さなければなりません。そして、本作の製作に当たっても、原作の世界観を損なわずに忠実に表現するという至極当たり前でありながら、もっとも困難な条件に挑戦し、見事にやり遂げたスタッフには敬意を表さずにはいられません。


参考:藤沢周平作品の映像化
< 映画 >
 『たそがれ清兵衛』(2002年 松竹 山田洋次監督) ※「たそがれ清兵衛」「祝い人助八」「竹光始末」
 『隠し剣 鬼の爪』(2004年 松竹 山田洋次監督) ※「隠し剣鬼ノ爪」「雪明かり」
 『蝉しぐれ』(2005年 東宝 黒土三男監督)
 『武士の一分』(2006年 松竹 山田洋次監督) ※「盲目剣谺返し」
 『花のあと』(2010年 東映 中西健二監督)
 『必死剣鳥刺し』(2010年 東映 平山秀幸監督)
< テレビドラマ > (抜粋)
 『蝉しぐれ』(2002年 NHK)
 『秘太刀馬の骨』(2005年 NHK)
 『よろずや平四郎活人剣』(2007年 テレビ東京)
 『風の果て』(2007年 NHK)
 『花の誇り』(2008年 NHK) ※「榎屋敷宵の春月」

藤沢文学と言うと、江戸時代の武士の剣を巡る作品が有名ですが、本作のように武家の女性にスポットライトを当てた作品にも素晴らしいものがたくさんあります。本作の原作は約20ページの短編小説ですが、藤沢文学の特徴的な要素が凝縮された作品とも言えるもので、行間を想像力で埋める作業の中で、我々の目頭を熱くさせてくれる作品です。私は、初見で涙を落としました。

藤沢作品の特徴は、武家の生活や風習を通して彼らの日常を切り取るとともに、武士が守るべき伝統や誇りを描くことによって武家に生きる人々の人生を浮き彫りにしていくところです。 本作において描かれるのは、ある武家の女性の生き方であり、そのためにはまず当時の武家の風俗や女性の立場を表現するシーンが必要になってきます。

物語は、おばの墓参りから始まりますが、このおばの存在が当時の武家社会における女性の立場を象徴的に表現しています。武家の女性というのは他家に嫁げないと「やっかいおば」と言って実家で肩身の狭い思いをしながら生きていかなければなりません。主人公の磯村野江(田中麗奈)は、おばが嫁げなかったことに漠然とした同情の念を持っています。

そんな野江は、前夫に先立たれた後、家格が下の家に嫁ぎますが、「出戻り」と呼ばれながら不遇の生活を送ります。手塚の一件で離縁された野江は「やっかいおば」になったとしても、もう嫁入ることはないと心に決めます。そんな野江の気持ちを変えたのはおばの存在でした。

おばが嫁がなかった理由を母に尋ねると、縁談はあったが婚約者が病に倒れ、それ以来一人身であったことを聞きます。このとき野江は初めて、想う人がいたおばは決して不遇だったわけでないことを知り、2度の結婚で自分に足りなかったものが何だったのかを悟るのです。

このおばの存在は、物語において武家の女性が置かれている立場を暗示するとともに、主人公が自分の生き方を見つめ直すきっかけを提示するという二重の役割を果たしており、物語の筋道を見事に照らしてくれています。

また、冒頭に野江と手塚弥一郎(東山紀之)が出会う重要かつ本作を象徴するシーンがありますが、当時の武家の男女の距離感がとても自然に描かれています。普段我々がイメージする桜とは異なる山桜の美しさも見事でしたが、ふたりが発する言葉はおそらく考えつくされたもので、言葉の中に二人の立場が表出するという日本語ならではの美しさが表現されているような気がしました。これ以後、手塚の台詞が一言もないこともこのシーンを鮮烈に印象付けています。

「手折(たお)って進ぜよう。このあたりでよろしいか」
「かような場所でお目にかかるとは思わなんだ。あの頃とまるでお変わりない」
「今は、お幸せでござろうな」 
「左様か。案じておったが、それはなにより」

さて、本作は、主人公の気持ちの変化と、彼女を取り巻く環境の変化を四季の移ろいに託して表現をしていきますが、引き続きそのあたりの演出手法について掘り下げてみたいと思います。

篠原哲雄監督は、丁寧な人物描写に定評がある監督で、派手さはありませんが90年代からコンスタントに堅実な良作を送り出しています。それでも時代劇を撮る篠原監督というのはイメージできませんでしたが、本作を観てしまえば、篠原監督にとって新境地を開拓したと言える作品となりました。

四季の移ろいに人の想いの変化を重ねて表現するというのは、古代以来の和歌や京生菓子などに見られるように日本人独特の感性だと思います。『おくりびと』(2008年 松竹)に代表される日本の文化をテーマとした映画が海外から高い評価を得ていますが、私はこの四季の感覚だけは外国人にはわかりにくいのではないかと思っています。というよりそう簡単に外国人に理解して欲しくない日本人が誇りとすべきアイデンティティだと考えています。

エドワード・ズウィック監督の『ラストサムライ』(2003年)における「散る桜」と「武士の時代の終焉」を重ねる演出には驚かされましたが、それは「瞬間」の切り取りでしかなかったし、日本の自然描写(実際には見せかけの)はありましたが、四季を描くことまではしていなかったことにはなんだか安心したものです。

本作においても、山桜が物語上の鍵となっているだけあって、当然四季の描写を織り込んでいくことは重要であり、庄内地方の実景ショットが多用されています。

雪化粧した山々→雪解け→おばの墓参→山桜

という流れが冒頭とラストで繰り返されます。

2009092801.jpg先ほども触れたように、おばの生き方に触れた野江(田中麗奈)は、自らの生き方に前向きな気持ちを見出します。1年ぶりにあの山桜の枝をたずさえて向かったのは、手塚(東山紀之)の実家でした。私は、富司純子さん演じる手塚の母・志津が登場した瞬間からエンディングまで涙が止まりませんでした。

野江は志津との会話の中で自分の居場所がこの場所だったことを悟るわけですが、我々は一足先にそのことを感じ取ってしまいます。それは玄関先から見える手塚の家のたたずまいの美しさが、そこに住んでいる人の人となりを十二分に表現しているからだと思います。掃除が行き届いた塵ひとつない玄関と廊下に明るい日差しが差し込んでいます。その家の雰囲気とそこに登場する富司純子さんの美しいたたずまいが結びついた瞬間に我々はすべてを察してしまうという見事な演出でした。

そこに一青窈さんによる主題歌「栞」(しおり)で追い討ちをかけられれば、涙はとまりません。春先の田園風景に大名行列というラストカットからは、もはや誰もがただひとつの結末を想像するしかありません。

また、細かいところですが、手塚の家紋が桜の花弁を意匠としたもので、暗い牢の中にいる手塚を映すとき、羽織に染め抜かれたその家紋が際立って見えるのが不思議でした。獄中の手塚にとっての希望のよりどころを象徴しているようです。そして、野江が手塚の家を訪ねるときに着ている着物にも桜の花びらが染め抜かれていたところに、我々は二人の想いの繋がりを見ます。どこまでも「山桜」に想いを重ねる素晴らしい演出でした。

総合評価 ★★★★★
 物語 ★★★★★
 配役 
★★★★★
 演出 ★★★★★
 映像 ★★★★★
 音楽 ★★★★★


参考:篠原哲雄監督の主な作品
 『月とキャベツ』(1996年 エースピクチャーズ 山崎まさよし主演)
 『きみのためにできること』(1999年 日活 柏原崇主演)
 『はつ恋』(2000年 東映 田中麗奈主演)
 『命』(2002年 東映 江角マキ子主演)
 『天国の本屋~恋火』(2004年 松竹 竹内結子主演)
 『深呼吸の必要』(2004年 日本ヘラルド=松竹 香里奈主演)
 『地下鉄に乗って』(2006年 ギャガ=松竹 堤真一主演)
 『真夏のオリオン』(2009年 東宝 玉木宏主演)

関連記事 : 花のあと(2010-04-09)


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きみにしか聞こえない [映画レビュー]

きみにしか聞こえない [DVD]

[ DVD ]
きみにしか聞こえない
( メディアファクトリー / ASIN:B000V5BJB8 )

『きみにしか聞こえない』
(2007年 ザナドゥ 107分)
監督:荻島達也 脚本:金杉弘子 出演:成海璃子、小出恵介
          Official / Wikipedia / kinejun           

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(C) 2007 「きみにしか聞こえない」製作委員会

本作は、離れた場所にいる二人がテレパシーで会話し、想いが通じ合うというファンタジー映画で、「スローラブストーリー」というコピーが相応しい作品となっています。本作のように非科学的な現象をテーマとする作品を観るとき、その現象が発現する科学的根拠を探したがるのが人間だと思います。本作の場合、そのあたりに深く踏み込んだ描写があったわけではありませんが、かと言ってまったく無視して強引に物語が進んでいくわけでもありません。

私の場合、『機動戦士ガンダム』シリーズの「ニュータイプ理論」の極めて科学的な設定をよく知っている世代なので、感覚が研ぎ澄まされる環境に置かれている人間ならば、テレパシーというのもあながちあり得ないことでもなく、少なくとも荒唐無稽と一蹴するような話ではないと思っています。したがって、本作の世界感を理解し、感情移入していくためには、テレパシーを通わす主人公二人が生活している日常環境の描写があるだけで十分だったと思います。本作の設定を非科学的だとして感情移入できない人がいるとしたら、その人は想像力を欠いていると同時に物事を楽しむ能力も欠いたかわいそうな人です。

友達がいない高校生リョウ(成海璃子)は、過去のある出来事から周囲とコミュニケーションを取ることに臆病になっており、クラスみんなが持っている携帯電話に憧れながらも、誰からもかかってこない携帯電話を持つことに虚しさを感じています。物語は彼女が拾ったおもちゃの携帯電話が鳴り出すところから動き出します。そして、その電話の相手は耳に障害を持つシンヤ(小出恵介)で、話すことができないはずの彼の声がリョウにだけ聞こえてくるのです。

このテレパシーが描かれるとき、リョウはおもちゃの携帯電話、シンヤは壊れた携帯電話を持っているわけですが、それはきっかけに過ぎず、それ以降はすべて彼らのイメージの中で会話が成立していきます。この物理的なものから観念的なものに移行していく描写のおかげで、我々はこの物語において重要とも言える導入部をすんなり受け入れることができます。

そして、気持ちを通わす二人が存在する世界に1時間のタイムラグが存在するところが物語の終盤に重要な要素となってきます。この時間の概念というのは丁寧に描いていかないと映像では伝わりにくいものですが、やはり終盤のクライマックスシーンでは少し混乱してしまいました。時間差を印象付けるシーンとしてリョウがシンヤに「流れ星」の存在を教えるシーンがありましたが、こういうことなら時間差をもっと大げさに強調するシーンがあってもよかったと思います。

そのクライマックスシーンですが、リョウが1時間のタイムラグを利用して、あらゆる手段でシンヤを助けようとするくだりはよくできていたし、その甲斐なく結局まったく同じ状況が繰り返されるという徒労感にも切なさが際立ちました。演出的にはその繰り返される状況をまったく同じ絵を使って繋いでいるにもかかわらず、本来話すことができないシンヤの声が聞こえるだけでまったく違うシーンに見えるとともに、2度目の手話によるラストメッセージが強烈に印象付けられます。このシーンでは時間差という要素があるだけにスローモーションが効果的に使用されていますが、本編全体を通じてもスローモーションの使い方がとても巧い監督だと思いました。

また、リョウが同じくテレパシーで会話する原田さん(片瀬那奈)の存在も、終わってみると物語に奥行きを出しており、我々にいろんな想像の余地を残してくれます。

成海瑠子ちゃんは、『あしたの私のつくり方』(2007年 日活)に続いて周囲とのコミュニケーションの取り方に悩みを抱えた高校生の役でしたが、この種の役柄を演じるのは易しいものではないと思います。本編では国語の授業で朗読をするシーンが3度ありますが、その演じ分けに注目してみるのも面白いと思います。15歳にしてこういう難しい役ができてしまうと逆に役柄の幅が狭くなってしまうのが心配ですが、おそらくどんな役でもこなしてしまう天才肌の女優さんだと思います。映画向きの女優さんであることは言うまでもありません。

また、小出恵介君は、個人的には大好きな若手俳優のひとりです。本作のように善良な好青年の役というのが多いですけど、それに加えてインテリジェンスを感じさせる雰囲気が彼の武器だと思います。それがドンピシャでハマったのが『初恋』(2006年 ギャガ)の犯人役だったと思いますが、今後は善良さを切り捨てた悪役をやってみても面白いような気がします。

総合評価 ★★☆☆
 物語 ★★☆☆
 配役 ★★☆☆
 演出 ★★★☆☆
 映像 ★★★☆☆
 音楽 
★★★☆☆


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ラフ ROUGH [映画レビュー]

ラフ スタンダード・エディション [DVD]

ラフ スペシャル・エディション [DVD][ DVD ]
ラフ スタンダード・エディション
( 東宝 / ASIN:B000LXSSJG )

 

『ラフ ROUGH』
(2006年 東宝)
監督:大谷健太郎 脚本:金子ありさ 出演:長澤まさみ、速水もこみち
          Official / Wikipedia / allcinema          

2009092301.jpg
(C) 2006 「ラフ」製作委員会 

あだち充作品の映像化にあたって、最も期待するのは「二人の微妙な距離感」と独特の「笑い」の表現だと思いますが、実写で表現するのはやはり至難の業のようです。

あだち作品に一貫しているテーマのひとつは、表面上の反発とは裏腹に、実は心の深淵に共有する価値観があって、互いを常に意識しているという「二人の微妙な距離感」だと思います。しかし、本作においては対立する和菓子屋のエピソードからの二人の距離の縮まり方が早すぎて、肝心の「微妙な距離」という状況が描かれることはありませんでした。

そしてその対立する構図の触りとしての「人殺し」という台詞にはなんとも言えないシュールな笑いがあるところですが、漫画の表現のようにはいきませんでした。あだち作品の笑いはいわゆる「・・・」で表現されるような「空気」で笑わせる種類のもので、そこは監督の腕が試される部分でしたが、その雰囲気を映像で表現するのは難しいようです。というか、大谷健太郎監督にはムリだったということでしょうか。

細やかな気配りや、繊細な神経がないと映画監督なんて務まらないと思いますが、大谷監督というのは、映像の細部へのこだわりがない人なんでしょうか。それは映画監督としては致命的な欠陥です。そのことは『NANA』(2005年)でも感じたことですが、観客の目が細部の粗探しに向き始めたらその映画はもう終わりです。

例えばですが、仲西(阿部力)が交通事故に遭遇するシーンで、急いでいることを表現するために運転しながら腕時計見る動きがありますが、普通走行中に腕時計を見ることなんてないと思うんです。正面パネル上の時計を見る方が手っ取り早いし、百歩譲って腕時計を見たとしてもハンドルを握っている腕を覗き込むような動きをするのが人間だと思います。

また、そのシーンで言えば、助手席からの同ポジのショット1発で繋いでるところも、工夫をしようという気概が感じられず、こだわりが皆無のシーンでした。カットで言えば4カットもあったわけで、それだけあれば役者の動きに頼らなくても急いでいることを表現する方法はいくらでもあったと思います。この人、楽して映画を撮りたいんでしょうか。腕時計を見る動きに「こだわる」のなら、信号待ちのカットを入れてそこに盛り込めば、まだ自然な流れになったと思います。

他にも、演者に歩幅を気にしながら歩かせるなんて演出はどう考えてもおかしいし、エキストラの動きにも不自然さが目立ち、そんなのにOKを出してしまう神経が信じられません。また、古屋先生と咲山先生の結婚写真が子供だましの合成写真だったのも監督のこだわりのなさを象徴しています。そりゃあれだけの人数をスチール写真のためだけに集めるのは大変でしょうけど、監督が「撮ります」と言えばできないことなんてないのです。

細かいことを言うようですけど、映画監督ならば、1秒のカットでもそれが本編の一部である以上、批評の対象になることを覚悟しなければならず、逆にそういう緊張感なくしていい映画が撮れるわけがありません。

その一方で、本作演出上のもうひとつの肝である「水」の表現の美しさは褒めなければなりません。VFXを使用した表現もありましたが、競泳シーンのほとんどはクレーンカメラと水中カメラを駆使したもので、編集の上手さも手伝ってそのスピート感の表現は見事なものでした。水中から見たスイマーとその周囲に発生する気泡がとても美しく撮れていて、その普段あまり目にしたことのない映像には新鮮さを感じました。こんなにきれいな映像を撮れる人なのに、先ほども触れたそれ以外のシーンでの細部への意識の低さはまったく理解に苦しむところです。

また、本作の出演者は総じて、役者としてのレベルが高いとはお世辞にも言えませんが、その中でも主人公の友人役を演じた石田卓也君だけは独特の存在感がありました。最近では『救命病棟24時』の研修医役などでテレビでも売り出し中の彼ですが、個人的には未だに『蝉しぐれ』(2005年)での繊細な少年役が忘れられません。『夜のピクニック』(2006年)でも誰にも言えない悩みを抱えたナイーブな高校生を好演してたし、今後の活躍が期待される俳優さんのひとりです。もっとコミカルな役などにも挑戦して演技の幅を拡げていってほしいですね。

それと余談ですけど、ライバル関係にあるスイマーを演じた速水もこみち君と安部力君は、二人とも『絶対彼氏。』のサイボーグですよね。本作はそれ以前の作品ですが、今となってはそういう目で見てしまう部分もあります(^^ ;。また、『お金がない!』の森廉君がすっかり大人になっていることにも驚きました。

それにしても、スキマスイッチの『奏(かなで)』は名曲!!

総合評価 ☆☆☆☆
 物語 ☆☆☆☆
 配役 ☆☆☆☆
 演出 ☆☆☆☆
 映像 ★★☆☆☆
 音楽 
★★☆☆☆


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おくりびと (下) [映画レビュー]

おくりびと [DVD]

[ DVD ]
おくりびと
( アミューズソフトエンタテインメント / ASIN:B001Q2HNOW )

『おくりびと』
(2008年 松竹)
監督:滝田洋二郎 脚本:小山薫堂 音楽:久石譲 出演:本木雅弘、広末涼子、余貴美子、山﨑努
          Official / Wikipedia / allcinema           

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(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会

3日にわたる長いレビューになってしまいましたが、本日は演出などについて書きまして締めくくりとしたいと思います。昨日ほどの「ネタばれ」はしていないと思うので、本日のテレビ放送で初めてご覧になるという方もよかったらご覧ください。そのあたりに神経質な方は明日以降再びアクセスしていただけたら嬉しく思います。

滝田洋二郎監督は、ピンク映画出身の監督ですが、ロードショー映画デビュー後は、かなり幅広いジャンルの作品を手がけています。『病院へ行こう』(1990年)に代表されるコメディー路線から、『眠らない街 新宿鮫』(1993年)のようなハードボイルド、『秘密』(1999年)のようなファンタジー感動作、そして日本アカデミー賞作品賞を受賞した歴史時代劇『壬生義士伝』(2001年)、あるいはSF時代劇『陰陽師』(2001年)まで、それぞれのジャンルに応じた多彩な演出手法が光る監督です。

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アカデミー賞授賞式にてオスカーを手に喜びを語る滝田洋二郎監督
(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会

私にとって、古い作品の中には滝田監督だとは知らずに見ていた作品も多いのですが、『秘密』で初めて滝田監督を意識し、『壬生義士伝』からは大好きな監督のひとりとなっています。本作の演出ついて、過去の滝田作品のいずれかに類型できるか考えてみたのですが、どうやらどのジャンルにも当てはまりそうもありません。強いて言えば、あらゆるジャンルの手法を総動員して作られた滝田演出の集大成です。

これまでのレビューでは、それぞれの作品の演出の特徴に着目して書いたものもありましたが、本作についてはその特徴をうまく捉えることができず、正直なところどのように書けばいいのか困っています。一言で言うならばオーソドックス、わかりやすさを重視した演出と言えるかもしれません。

その結果かどうかわかりませんが、カット数が比較的多かったような印象があります。大悟(本木雅弘)と美香(広末涼子)の会話のシーンがけっこうありましたが、「肩なめ」の切り返しが多く、大悟を捉えるショットは下から、美香を捉えるショットは上からというのが一貫していました。それは二人の身長差もありますが、夫婦の異なる立場を表現したオーソドックスな手法です。また、小道具寄りのインサートカットが多かったのもわかりやすい演出のひとつです。

昨日も言及したとおり、本作において「笑い」は重要な要素ですが、そのあたりもわかりやすい演出が目立ちました。昨日も触れたアバンのシーンでは、SEとしてカラスの鳴き声を入れるという極めてベタな演出もありましたし、納棺のPR用ビデオの撮影現場で本木さんのオムツ姿が見られますが、あれは「シコふんじゃった。」(1992年)へのオマージュだったと勝手に解釈しています。そういう楽しみ方もありですよね(^^ ;。

そして、中盤の「おくる」シーンでは、東北地方独特の田舎の風景描写が印象的でした。雪景色の田園風景を走る車、雪解けの田んぼで落穂を食む白鳥、畦道のふきのとう、ひな祭り・・・物語の中に四季の変化が見事に織り込まれていきます。山形県を物語の舞台とした理由はこの冬景色の美しさにもあったのではないかと思います。

本作は、あくまでも「日本人の死生観」の話であって、本編で描かれている「おくりびとの儀式」は、日本人のアイデンティティとも言えるものです。漠然とですがそのことは日本独特の四季の変化とも切り離せないように思います。時折挟まれる日本の田舎の美しい原風景は、日本の美しい四季の移り変わりと同様に、日本人の死者を送る儀式にも誇りを持ってよいのだと我々に教えてくれているようです。滝田監督が銭湯のシーンにこだわったと聞きましたが、銭湯もまた日本独特の文化であり、日本人が誇るべきものです。

そのような日本の原風景を見せるシーンで最も印象的なのは大悟が河岸でチェロを弾くシーンですが、完全なイメージカットにもかかわらず、見事に物語に溶け込んでいます。やっぱりチェロがいいんですよね。音楽の久石譲さんがチェロが主旋律の曲を作るのは難しかったとおっしゃっていましたが、チェロの音色はレクイエムとしてはピッタリくるもので、それでいて暗すぎない楽曲がこの物語の全体的な印象にかなり貢献しています。こんなにもチェロが注目を浴びたのは「101回目のプロポーズ」以来だと思いますが、その音色が注目を浴びるのは初めてではないでしょうか。

また、最近はテレビの露出が少ない本木雅弘さんの演技力に改めて脱帽してしまいました。納棺師の所作の美しさは話題になりましたが、銭湯で全身を洗うシーンもすごいし、階段で躓くといった日常の動作もとても自然で卓越したものでした。「鼻をすする」ことが自然な演技だと思っている役者さんもいるようですが、「箸でつまんだ漬物を落として、それをおもむろに左手で拾って口に運ぶ、しかもチラシに目を落として台詞を言いながら」までやってこそ、初めて自然な演技と言えるのです。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

本作の成功は、なんと言っても構想10年というその熱い想いの熟成度合いに尽きるような気がしています。企画~台本作り1ヶ月、撮影1ヶ月、ポスプロ1ヶ月なんていう作品がざらに存在する時代ですが、本作の成功を見てしまうと、そのようなインスタント作品に込められてる想いが観客の心を打つとは到底思えません。

モッくんの10年越しの想いが周囲の人たちの気持ちを動かし、それに共感する最高のスタッフと出演者が集まり、そして、その想いが観客に届いて感動を生む。理想的な映画作品がここに誕生し、永遠に語り継がれていこうとしています。

総合評価 
 物語 ★★★★
 配役 ★★★★★
 演出 ★★★★★
 映像 ★★★★
 音楽 
★★★★★

(了)

以下、ラテ欄より抜粋 :

月曜ゴールデン JNN50周年記念 アカデミー賞受賞作品
映画 『 おくりびと 』

9月21日(月) 21 : 00 - 23 : 34 TBS系列
(本編130分 ノーカット放送)

日本初!アカデミー賞外国語映画賞ほか89冠に輝く映画「おくりびと」が地上波ノーカット初登場!
国内560万人動員!世界65カ国公開!日本映画の金字塔!!


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おくりびと (中) [映画レビュー]

おくりびと [DVD]

[ DVD ]
おくりびと
( アミューズソフトエンタテインメント / ASIN:B001Q2HNOW )

『おくりびと』
(2008年 松竹)
監督:滝田洋二郎 脚本:小山薫堂 音楽:久石譲 出演:本木雅弘、広末涼子、余貴美子、山﨑努
          Official / Wikipedia / allcinema           

2009092001.jpg
(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会

昨日に続いて、本日は本作の脚本について感じたことを書きたいと思います。「ネタばれ」がありますので、明日のテレビ放送で初めてご覧になるという方は注意してください。

脚本を担当した小山薫堂(こやまくんどう)氏は、本業はテレビの構成作家で、過去に担当したテレビ番組には「カノッサの屈辱」や「とんねるずのハンマープライス」などがあります。もっとも有名なのは「料理の鉄人」で、いずれもそれまでのテレビになかった斬新な手法を持ち込んだ番組であり、テレビ業界ではかなり著名な方です。最近では地方旅館の再生をプロデュースするなど、その才能を各方面で発揮しています。

そういうこともあって、私は本作のクレジットを見たときには目を疑いました。小山氏が本作の脚本を担当することになった経緯についてはここでは触れませんが、本編を見終わってみると、随所にテレビの作家ならではと思わせる「笑い」のセンスが見え隠れしていました。

【 笑いのセンス 】

そのセンスはアバンタイトルからいきなり本領を発揮します。このシーンは、主人公の小林大悟(本木雅弘)が初めて遺体に死に装束と化粧を施すシーンで、中盤に繋がっていく重要なシーンですが、私はこのシーンにはそれ以上に重要な意味が込められていたと思っています。

大悟が女性だと思っていた遺体を拭いていると下半身に「あるもの」に気がつきます。社長(山﨑努)にも確認してもらってすべてを察するのですが、男性用の化粧をするか女性用の化粧にするかを遺族に確認すると、そのことで遺族がもめてしまいます。

本作は「人の死」を題材としているだけあって、見る側もそれなりに身構えてスクリーンに臨むと思いますが、この冒頭のシーンのおかげで肩の力が抜けて、我々が本編に向き合うスタンスが決定します。そして、大悟と社長の面接シーンに至って、本作が見せていきたい全体的な雰囲気とその表現の方向性が決定的になるのです。

その後も中盤にかけての「おくる」シーンでは、笑いと微笑ましいエピソードで湿っぽさを払拭し、その「儀式」が持つ真の意味を伝えてくれます。この短いスパンでテンポよく笑いを盛り込んでいくところは、テレビの作家ならではの表現の仕方だと思いました。製作者サイドがあえて映画界で実績のない小山氏に脚本を依頼した理由はこのあたりにもあるような気がしています。

【 死生観について 】

本作のもうひとつの核となるが、「死生観」の描写です。昨日も書いたように本作が「人の死」をもっと身近なものに感じさせるための「追体験」の場だとすれば、我々に「生と死」について考えさせるシーンを盛り込むことが重要になってきます。本作を丹念に観てみると、何気ないシーンに人間の「死生観」を象徴するような描写がたくさん溶け込んでいます。その最初のシーンが序盤になんの脈絡もなく登場します。

大悟の妻の美香(広末涼子)がお隣さんから食用にもらってきたタコが生きていることに驚いて、かわいそうだからと海に逃がすシーンです。元来動物の命を奪って生きる糧としているのが人間なのに、いざ自分でその命を奪うとなると躊躇してしまうというのは、都会に生きる現代人が持つ死生観についての極めて一般的な感覚を表現していると思います。

中盤には大悟が遡上する鮭が力尽きていく様を橋の上で見つめながら、鮭がそこまでして川を上ることに疑問を持ちます。そこに銭湯で知り合ったおっちゃん(笹野高史)が通りかかり、「帰(け)ぇりたいんでしょのぉ、生まれ故郷に」と事も無げに言い残します。このシーンは、本来生物が死ぬということに特別な意味なんて存在しないということを表現しており、「人の死」もまた特別なことではなく、生物学的には極めて自然なことであると暗に示唆しています。終盤、そんな銭湯のおっちゃんの正体が明らかになると、このシーン重要さがさらに増してきます。

劇中に登場する「ふぐの白子焼き」.jpgそして、大悟が社長と食事を共にするシーンで「死生観」の核心に触れます。社長はフグの白子を食べながら、人間は生き物の命を奪って食べなければ命を永らえることができないと言います。仏教ではそのことを「業」と呼んで人間が生まれ持っている罪の一つだと説いていますが、それは人間の「死生観」の極めて根源的で潜在的な概念です。また、このシーンに登場するのが選りによってフグであるところに、うまいものを食べて死ぬのならそれすら受け入れるという社長の達観した感覚が現れています。キリストの生誕を祝うクリスマスにフライドチキンをたらふく食べるというシーンもなんとなく意味深で、その延長線上にあるものだと思います。「うまいんだよなぁ、困ったことに」いい台詞です(^^)。

【 石文というエピソード 】

また、本作の脚本を語る上で見逃せないのが、「石文」のエピソードです。石に想いを託したコミュニケーションというのは、本作のテーマとは直接の関連性はないにもかかわらず、その実に観念的で哲学的は話は、本作の核である「死生観」のエピソードと並べて描いてもなんの違和感も感じないものでした。それどころか物語のクライマックスに向かってその二つの概念が収斂(しゅうれん)していく描写は見事としか言いようがありません。

本作は、この映画の製作にかかわった様々な人たちの熱い想いの集大成だと思っていますが、この石文のエピソードには脚本家の並々ならぬの想いが込められていると思います。

本作の脚本の特徴を取り上げてみましたが、この脚本が素晴らしいところは、それぞれについての細かいエピソードが積み重なってひとつの頂点に向かっていく感覚と頂点に達したときの快感を味わえるところだと思います。実に丁寧で巧妙に作り手の想いが込められた物語でした。

明日は、演出などについて感じたことを書いてまとめとしたいと思います。もう一日お付き合いください。

(つづく)

以下、ラテ欄より抜粋 :

月曜ゴールデン JNN50周年記念 アカデミー賞受賞作品
映画 『 おくりびと 』

9月21日(月・祝) 21 : 00 - 23 : 34 TBS系列
(本編130分 ノーカット放送)

日本初!アカデミー賞外国語映画賞ほか89冠に輝く映画「おくりびと」が地上波ノーカット初登場!
国内560万人動員!世界65カ国公開!日本映画の金字塔!!

 

 


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