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少女たちの羅針盤 [映画レビュー]

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(C)2011 「少女たちの羅針盤」製作委員会

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『 少女たちの羅針盤 』
( 2011年 クロックワークス=ゴー・シネマ 113分 )
監督:長崎俊一 脚本:矢沢由美、谷口純一郎 出演:成海璃子、忽那汐里、森田彩華、草刈麻有
          Official Wikipedia / kinejun.jp           

実は私が一番好きな映画のジャンルは「青春映画」でして、一番好きな日本映画を尋ねられれば臆することなく『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年 行定勲監督)と答えるのですが、これが大抵の場合、「えー、意外!」という反応をされるわけです。もっともこの映画は「純愛映画」などとも呼ばれていますが、私の目には主人公の高校生時代を描いた青春パートの方がよっぽど眩しく映って仕方がないのです。なぜなら十代の最も濃密な季節がまばゆいばかりのきらめきをもって表現されていて、青春時代がとうの昔に過ぎ去った身には「懐かしさ」というよりも「憧れ」とでも言うべき感覚を喚起し、自身の青春時代が貧しかっただけになおさら胸が締め付けられてしまうのです。また、付け加えると、私が「映画演出の醍醐味」というものを初めて強く実感した作品でもあり、このブログで書いているような映画のレビューを書ける、書きたい、書かなければと思うようになったモチベーションを形成している映画のひとつでもあります。

日本映画における「青春映画」というジャンルは興行的にはリスクが高いようで、その位置づけは極めておぼつかないものがあります。したがって、近年の映画制作者は「青春映画プラスアルファ」というジャンルを新たに生み出して、青春映画の中で個々の差別化を図る努力をしているようです。近年の純然たる青春映画となると、長澤雅彦監督の青春二部作『青空のゆくえ』(2005年)、『夜のピクニック』(2006年)が思い出されますが、作品としての評価とは裏腹に興行的には振るわず、『櫻の園-さくらのその-』(2008年)のシャレならない興行的大失敗によって、いよいよこの路線の全国興行タイトルは姿を消したように思います。一言で言えば青春映画というものは正攻法で作るには地味すぎるのかもしれません。そこで地位を確立しつつあるのが、それこそ「純愛」だったり、「スポ根」だったり、あるいは若者文化を汲んだ漫画原作由来のプラスアルファを付加した青春映画ということになります。そして、ついに登場したプラスアルファが「ミステリー」となるわけです。

本作は青春要素よりもミステリー要素を前面に出した宣伝が行われていて、実際そういう演出とストーリーのまとめ方がなされています。しかし、そうかといって本格的ミステリーと呼ぶにはこの方面の仕掛けはちょっと大味でもあり、私としては少女たちの青春時代にひとつの決着をつけるためにどうしても必要だったのがミステリー要素だった、というように解釈したいと考えています。つまり、私は『世界の中心で、愛をさけぶ』と同様に本作をどうしても「青春映画」と呼びたいのです。それはやはり本作のメインキャラクター4人が、それぞれに悩みを抱えつつもとてもキラキラしていて、もう青春時代を取り戻せない私のような人間にとってはそれだけで憧れの存在になりうるからです。

この映画の時系列は二つ存在していて、それぞれがはっきりと青春パートとミステリーパートに分かれています。過去に遡る青春パートは、「劇団・羅針盤」を構成する4人の女子高校生が、モラトリアム期特有の不安定な心の動きを抱えながらも、オリジナルの演劇を創作し、観衆の喝采を浴びるまでを生き生きとしたタッチで描き出しています。この点は、我々が劇中劇に素直に感動し、彼女たちを素直に賞賛するように仕向ける見事な演出でした。さらに私が高く評価しているのは、4人のキャラクターが抱えてきた心の葛藤を丁寧かつ平等に浮き彫りにしている点で、最終的にそれらを4人が共有することによって友情が完成し、演劇が大成功するという仕掛けはとてもわかりやすいものだし、青春映画としては王道とも言える描き方だと思います。

十代の危うさのようなものをもっとも露骨に醸し出しているのが成海璃子ちゃん演じる楠田瑠美です。舞台の出来について演劇部の先輩に臆することなく食って掛かる彼女の登場シーンは、あまりのテンションの高さに観客も思わず苦笑の体といったところかもしれません。ただし、青春映画常連の成海璃子ちゃんですから、過去の役柄との違いを明確にして個性を打ち出すという意味では、瑠美というキャラクターを観客の意識に確実に植え付ける素晴らしいシーンだったと思います。そして、成海璃子ちゃんの圧倒的なお芝居にいきなり多くの人が魅了されたのではないでしょうか。

瑠美という女の子は、自分の強烈な個性を持て余しているところがあって、演劇部という枠ではその個性を生かすことが出来ず、鬱屈した高校生活を送っています。演劇部の顧問・渡見先生(戸田菜穂)が彼女の個性を「組織」という論理から突出しないように指導するのは、教師としては実に真っ当な行動であり、瑠美の言動はやはり十代特有の危うさをはらんでいたと言えます。振り返ってみると渡見先生の行動は、随所で大人らしい冷静さに満ち溢れていて、主人公たちと対峙する役柄であると同時に瑠美の精神的幼さを強調する存在でもあります。渡見先生が「羅針盤」を大舞台に推薦した理由は彼女たちを応援したいという善意からだったというのは明白ですが、正当な評価を得られなかったことに納得がいかない瑠美の心情も、それだけに青春をかけてきた彼女たちの論理からすれば真っ当なものでしょう。終盤、「羅針盤」の大切な仲間・栗栖なつめ(草刈麻有)を失った瑠美は、彼女を気にかける渡見先生の真意と自身への期待を知ることになるのです。

 「どうしてあなたのことが気になるのかしら・・・
 嫌になるのね、あなたを見ていると。 昔の自分を思い出して。
 何があっても、続けていくのよ、芝居」

このシーンで青春パートは終了し、場面は再び現在に戻ってミステリーパートが一気に収束していきます。瑠美が手に入れたなつめを殺した犯人に辿り着くための手がかりとは、彼女があれから4年間、芝居を続けていたからこそ手に入れることができたものであり、残された「羅針盤」のメンバーたちは自分たちの青春時代を再び輝かせるために犯人を陥れる一世一代の大芝居を打ちます。彼女たちは犯人を明らかにするためにどうしてこんなに回りくどい茶番を演出しなければならなかったのでしょうか。それは彼女たちがなつめの遺志を適確に汲み取っていたからで、常に姉のことを思いやってきたなつめの気持ちを尊重した結果がこのやり方だったんだと思います。つまり、これは犯人に対する「完膚なきまで復讐」であってはならず、あくまでも犯人に後悔と反省の念を植え付けるための「一時的な復讐」でなければならなかったということです。3人が自ら命を絶とうとした犯人を全力で止めにかかったのは、姉を思うなつめの気持ちを「羅針盤」が共有していたからに他なりません。

4年前のあの日、観衆の喝采を得たあの舞台に3人が立つと、そこになつめが姿を現し、4年ぶりに「劇団・羅針盤」が復活するのです。4人が手を合わせると彼女たちにスポットライトが当たり、「羅針盤」のメンバーは舞台上で青春時代の輝きを取り戻します。先に述べたように本作のミステリーパートが描いたものとは、彼女たちが4年前のあの忌まわしい出来事に決着をつけ、新たな気持ちで自らの未来を創造するために不可欠な作業だったということです。くすんでしまっていた少女たちの青春時代にもう一度輝きを与える素晴しいラストカットだったと思います。私がこの作品をどうしても「青春映画」と呼びたい理由が伝わりましたでしょうか。

最後に、この映画を観てひとつ確信したことがあります。私はどうやら忽那汐里という女優が大好きのようです。以前から私は忽那汐里ちゃんのお芝居に無性に惹かれるものがあって、これまで私が観てきたどの女優さんにも当てはまらないタイプのお芝居をする子だという印象で見ていました。何かを内に秘めたような汐里ちゃんのお芝居は、本作における成海璃子ちゃんのような派手なお芝居とは対照的で、観る者の想像力を掻き立てるような性質を持っていると思います。はっきりと抑揚をつける台詞回しではなくて、それでいて台詞の一字一句を大事にしている感じが伝わってくるし、表情のお芝居もあえてメリハリをつけずに微妙なニュアンスで表現しようとしていて、そうかと思えば一転してかわいらしい笑顔を見せたりして、魅力的な表情のパターンをいくつも持っている女優さんだと思います。

本編中、私が「確信」したシーンを紹介しておきます。序盤、忽那汐里演じる江嶋蘭が稽古場を提供したシーンは、彼女が初めて自分の本音をさらけ出し、それをまるごとメンバーに受け入れてもらった瞬間を描いており、これ以降彼女のモチベーションは劇的に転換します。このシーンで蘭は、この廃アパートを紹介した行きがかり上、メンバーに自分の家庭環境とそれに基づくコンプレックスを語ることになります。これを言ってしまったら、メンバーとの関係がよそよそしくなってしまうかもしれない・・・同情されるのなんか御免だ・・・蘭が改まってメンバーに語り出す時、汐里ちゃんの表情はそういう不安な気持ちを見事に秘めているのです。語り終えた彼女がメンバーの優しさに溢れた反応を目の当たりにし、そんな不安が杞憂であることがわかると、一転してホッとしたように目を潤ませます。そして、気持ちがすっきり晴れたように大きな声を出して気合を入れると、刹那、それまでの表情が嘘のような清清しい笑顔を垣間見せるのです。こんなに目まぐるしく変化する複雑な感情をほとんど表情のお芝居のみで表現してしまう若手女優は本当に稀有な存在だと思います。これらは明らかに映画向きのお芝居ですから、否が応にも忽那汐里主演の青春映画を待望してしまいます。

総合評価 ★★★★
 物語 ★★★★
 配役 ★★★★
 演出 ★★★★
 映像 ★★★★
 音楽 ★★★★


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