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ランウェイ☆ビート [映画レビュー]

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『 ランウェイ☆ビート 』
(2011年 松竹 126分)
監督:大谷健太郎 脚本:高橋泉 出演:瀬戸康史、桜庭ななみ
          Official Wikipedia / kinejun.jp          

「シナリオ」4月号に本作の脚本を担当した高橋泉さんのインタビューが掲載されていました。
これを読んで本作の出来について妙に納得してしまうものがあったので所感を書いておくことにしました。
私は脚本家という職業がどういうものなのか具体的に存じ上げているわけではないので、
これはあくまでも客観的な立場にあって多くの映画やテレビドラマに触れる中でたどり着いた結論ですが、
脚本というものは小説とは違って「自己流」が通用しない世界なのではないかと私は考えています。

映画脚本というものは、とにかく「制約」との戦いです。
特に約2時間という尺は映画のパッケージとでも言うべきものであり、
この時間的制約の中で意図したテーマを表現しきることがもっとも困難な作業なのかもしれません。
私はこの作業にはある種の「職人技」が要求されると思っています。
時間的制約は、平たく言えば起承転結のようなセオリーをおのずと形成するはずで、
このセオリーを理解しているか否かで作品の出来はまったく違ったものになるような気がしています。
もしかしたらこのセオリーというものを独学で身に付けられる人もいるのかもしれませんが、
そのためには相当の場数や経験を要するのは間違いないと思います。
つまり、これを自己流で身に付けようとするのはあまりにも効率が悪く、
蓄積されたセオリーはシナリオ講座で講師のベテラン脚本家から教わればいいんだと思います。
そういう意味で高橋さんが独学でシナリオの書き方を勉強したというのは、本作を観れば至極納得のいくところです。

本作のテーマ表現の大部分は冒頭と最後のメイ(桜庭ななみ)によるモノローグに頼っていると言ってもよく、
はっきり言って時間的制約という「映画のパッケージ」を無視したものだったと思います。
確かにストーリーはまとまったのかもしれませんが、映画でそれをやったらおしまいよ、というレベルの稚拙な手法だと思います。
最後の最後にテーマそのものを台詞やモノローグで登場人物に言わせてしまったら、
その中間の表現は何だったんだということになりかねません。
セオリーと技術を駆使して、あくまでも本編を通じてテーマ表現を構築していくのが映画なのであって、
テーマ表現をモノローグという小手先の手法に頼っているうちは自主制作映画の延長といわれても仕方がありません。

本作の脚本担当者はPFFでグランプリを受賞するぐらい映画監督としてもホープと言える存在ですが、
独学を善しとしているうちは、脚本家としては大成しないでしょう。
それでも目下脚本家として複数の仕事を抱えているというんですから、日本映画界はどうなっているんでしょうか。
インタビューを読んでいてちょっと気になったのは、映画監督というポジションにこだわりがあるわけではなくて、
脚本だろうがなんだろうが、仕事があればやりますよというスタンス、あるいはもっと言えば、
「食うために脚本書いてます」的な冷めた態度が見え隠れしたのはなんとなく気持ちが悪かったです。
それと生の取材はほとんどせずに、インターネット掲示板の情報を元に本を書いているというのもどうかと思います。
青臭いといわれるかもしれませんが、私は映画を作っている人たちには情熱を持って映画製作に取り組んで欲しいし、
もっと貪欲に自分の技術を磨き、もっと貪欲に取材をし、そうする中で培われた彼らの魂を作品に込めて欲しいと思っています。
そして彼らの意志をスクリーンを通じて感じ取りたいのです。

さて、本作が青春群像劇の側面を持っているとして、登場人物たちはどこに到達したのでしょうか。
それは最後のモノローグでメイが全部説明してくれています。しかし・・・
私が驚いてしまったのは、当のメイ自身が「(自分の未来を)何も見つけられていない」ことです。
何か耳障りのいい言葉でまとまったようにも見えますが、結局メイという存在は最初から最後まで没個性なキャラクターであり、
そんな彼女の成長を主人公に教えてもらったという抽象的な「精神論」のみで説明してしまったら、
こんなに「かわいそうな子」はいないですよ。しかもそれが自己完結の独白ですからね。寂しすぎるでしょう。
また、彼女は主人公に告白してはっきりと振られていることも付け加えておきます。

彼女はこの物語を通じて何を獲得したのでしょうか。思い出?
本編を思い出し、それを語っているのが彼女なんですから、そういうことなんでしょう。
しかし残念ながら、「思い出」は本編に登場するすべての高校生が共有するものであって特別なものではありません。
私は、彼女はイベント関係の裏方という仕事に自分の適性と居場所を見つけるのかもしれないと漠然と考えていました。
例えばですが、いつか主人公のファッションショーを企画して、少しでも彼に近づこうとする。
最後にそういう具体的な前向きさが欲しかったです。「役割」だけではなく、彼女にも「個性」を与えてあげて欲しかったです。
自分が描き出したキャラクターに最終的に何も与えないなんてちょっと残酷すぎやしませんか。
作品に対してもキャラクターに対してもいまひとつ「熱」が感じられない本です。

総合評価 ★★☆☆☆
 物語 ☆☆☆☆
 配役 ★★★☆☆
 演出 ★★☆☆☆
 映像 ★★☆☆☆
 音楽 ★★★☆☆


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