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太平洋の奇跡 (上) [映画レビュー]

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『 太平洋の奇跡 』
( 2011年 東宝 128分 )
監督:平山秀幸 脚本:西岡琢也/Gregory Marquette・Cellin Gluck 主演:竹野内豊

          Official Wikipedia / KINENOTE          

(P)太平洋の奇跡

本作のレビューを執筆するにあたっては、作品が有するテーマとその表現方法を明確に分けて書く必要があると感じています。プレビューで書いたとおり、私はこの映画は決して「反戦映画」ではないと考えます。実は日本人にとって「反戦」というテーマで映画を作ることはそんなに難しい作業ではないし、受け取る側もそれを汲み取る作業は決して困難なものではありません。日本人の戦争に対する認識、価値観はすでに成熟しきっており、戦後65年を経た今、先の大戦を描くことで反戦を訴える映画を製作する意味はほとんど見出せません。それよりも、今だからこそ映画を通して語られるべき戦争の姿、あるいはあの戦争の真実というものが必ず存在すると思っていて、本作こそがその表現に果敢に挑戦した作品ということになると思います。ただし、我々日本人があの戦争を語り、あの戦争の真実を理解するにあたって、本作のような表現方法を用いなければならなかったことに私は複雑な気持ちでおります。そのあたりことは後段で述べるとして、まずは本作のテーマを深く掘り下げなければなりません。

< ----- 以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。----- > 

本作は、主人公の大場栄大尉(竹野内豊)があの戦争を如何なる信念の元に如何様に戦ったのかを描くことで、かつて日本人が当たり前のように保持していた精神や日本人の尊厳といったものを表現していると考えられます。いささか大げさかもしれませんが、日本人がかつてあった日本人の姿を描くのですから、臆することなく表現すればいいことだし、少なくとも私は本作のテーマについて自信を持って語るつもりでおります。

本作のテーマは、サイパン島で終戦後も信念を持って戦った大場栄大尉の「帝国軍人としての行動論理」を描くことで成立していて、表現としては現代的価値観に基づくバイアスを排除する必要があったと思います。たとえば『真夏のオリオン』(2009年 東宝)が決定的に失敗しているのは、主人公の行動論理が「軍人である前に人間である」という観点で描かれてしまっている点で、彼の行動は平たく言えば「命を大切に」という現代的価値観に支配されてしまっています。そのような描写は、現代に生きる我々にはとてもわかりやすいものだし、共感を得やすいのかもしれませんが、あの戦争を戦った人たちの姿を的確に描いたものとは到底言えるはずもありません。

本作の主人公・大場大尉の言動は、かの作品とは対照的で、あくまでも「人間である前に軍人である」という論理に基づいており、これは最前線で戦う指揮官が常に保持していなければならない考え方なのだと思います。本作ではそのような大場大尉の行動論理が的確に表現されたシーンが序盤にしっかりと盛り込まれていました。アメリカ軍に容易に上陸を許した日本軍が追い詰められ、最後の総攻撃が決定したとき、尾藤三郎軍曹(岡田義徳)が海軍部隊に対して「玉砕」を主張します。そんな尾藤に対して大場大尉は、死ぬための戦闘と勝つための戦闘はまったく意味が違うと諭すのです。大場大尉が「玉砕」を許さなかったのは、なにも「命を大切に」と言いたかったのではなくて、最後まで「勝つこと」にこだわって戦おうとする指揮官の姿勢が現れたものです。実際、硫黄島で日本軍守備隊を指揮した栗林忠道中将が部下に対して玉砕を禁じたのは、1日でも長くこの島にアメリカ軍を足止めしておくという戦略上の目的がありました。私はこのシーンは大場大尉の「軍人」としての行動論理を序盤からはっきりと印象付けるために存在していると考えています。

また、本作のストーリーを語る上で、序盤に大場大尉が助ける赤ん坊の存在は大変興味深いところです。大場大尉が民家で赤ん坊を発見するシーンは、大場大尉の軍人としての側面と自らも子を持つひとりの人間としての側面が入り混じり、それでいて両者をしっかりと描き分ており、大場という人物像を的確に表現することに成功しています。重要なのはこの時の大場大尉は軍人でなければならないということで、あの状況で大場大尉が赤ん坊に対してしてやれることとは、水を与えて「生きろ」と声をかけ、アメリカ軍にわかるように目印をつけておくことなのです。

大場大尉が軍人である前にひとりの人間であるならば、単に同情の念を持って直接的にその命を救うという選択をするべきでしょう。逆に彼の軍人としての任務を考えれば、見て見ぬふりをするか、自らの手で赤ん坊の命を絶つという選択肢もなかったわけではないと思います。実際に大場が為したことは、言って見れば赤ん坊の行く末を天命に委ねるものであり、あの時点で赤ん坊を助けるための最良の行為です。そして何よりも彼の複雑な立場を両立させる最良の選択なのです。実際、アメリカ海兵隊のハーマン・ルイス大尉(ショーン・マクゴーウァン)は、この大場大尉の行為を賞賛し、大場の軍人としてのクレバーさと人間らしさに敬意を表します。大場大尉はその後も民間人との距離感に腐心しますが、あくまでも軍人としての立場から民間人の命を救うためにその時々で最良の選択をしており、彼の行動論理はこのシーンから一貫してぶれることはありません。

そのような大場大尉の行動論理のバックボーンとなる「日本軍の矜持(きょうじ)」といったものがもっとも巧みに表現されていたのが、終盤、大場大尉とルイス大尉が会談するシーンだったと思います。このときの大場大尉は「事実上の降伏」を決意しているわけですが、最初から最後まで帝国軍人としての凛とした態度を崩すことがありません。それは、大場大尉がジャングルの中から姿を現した瞬間から始まっていて、日本軍の誇りを一身に背負ったかのような大場大尉の佇まいを竹野内豊さんが見事に表現していました。

「我々は降伏はしません」

大場大尉は毅然と言い切ります。ただし、上官の命令があれば山を下りる・・・これは紛れもなく「降伏」を意味するわけですが、彼らは絶対に「降伏した」とは言わないわけです。ここで言う「上官の命令」とは、もはやきわめて形式的なものにすぎず、それがあろうとなかろうと結果は同じなのです。しかし、当時の日本軍というものはあの戦争を通じてあくまでも「面子(めんつ)」にこだわって戦った組織でした。そのことは最前線で戦った将校にも徹底的に行き届いており、実際フィリピンのルバング島で戦後29年間戦い続けた小野田寛郎少尉もまったく同じように最後まで降伏はせず、上官の命令の下に投降したのです。この日本軍の面子というものがあの戦争をもたらした一因であることも我々は知っておかなければなりませんが、大場大尉が最後まで愚直なまでに「日本軍の矜持」を守ろうとした意味にも想いを巡らせなければなりません。そして、それを尊重し、勇戦した日本軍を称えたアメリカ軍の懐の深さにも心揺さぶられます。

そして、大場大尉が助けた赤ん坊の存在が最終的に本作が意図したメッセージを語るために存在していたことに我々は気が付かなければなりません。ラストシーンで赤ん坊を抱いた大場大尉が水平線の彼方にある祖国を思い浮かべながらつぶやきます。

「この子はまだ日本を知らないんだ」
「私が教えます」

このまとめはもちろんストーリー上は青野千恵子(井上真央)がこの子を育てていくという決意表明ということになりますが、私はここに作り手が意図した現代に生きる日本人に対する痛烈な皮肉が込められていると考えています。作り手が「子供を育てる」ことを「日本のことを教える」として、やや婉曲的な表現でまとめとした意味は、これをこの物語が描いてきた「日本人の誇り」を子供の世代に伝えていかなければならないという我々に対するメッセージとしているからだと思います。つまり、現代に生きる日本人は、かつて我々日本人が誇りとしていた価値観、さらには日本の文化・歴史について、赤子同然の知識しか持っていないのではないか、という皮肉にもとれると私は考えます。飛躍した解釈かもしれませんが、それらを自信を持って「知っている」と言える日本人がどれだけいるでしょうか。我々はこの映画をきっかけとして、謙虚にゼロから日本のことを学び、日本人であることに誇りを持たなければなりません。

次回、冒頭で私が複雑な思いでいると申し上げた本作が用いた基本的表現手法および演出に言及してまとめとしたいと考えています。もう少しお付き合いください。

関連記事 : 太平洋の奇跡 (追記)(2011-08-22)
太平洋の奇跡 (コメント欄より)(2011-03-06)
太平洋の奇跡 (下)(2011-03-01)
(P)太平洋の奇跡(2011-02-10)


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peach tea

初めまして。
「流れ星」のレビューを偶然見つけまして、それ以来時々ROMさせてもらっていました竹野内さんヲタです。
ジャニスカさんの冷静かつ熱のこもったレビューはとても読み応えがありますね。

「太平洋の奇跡」のレビュー、お待ちしてました!

>そして、そのような大場大尉の行動論理のバックボーンとなる「日本軍の矜持(きょうじ)」といったものがもっとも巧みに表現されていたのが、終盤、大場大尉とアメリカ海兵隊のハーマン・ルイス大尉(ショーン・マクゴーウァン)が会談するシーンだったと思います。

この映画はシビれるシーンが沢山ありましたが、私が個人的に最もシビれたのはこのシーンだったんです。でも、色んなレビューや感想を読んでいてもここに言及していたものは少なくて、ちょっと残念に思っていたところでした。ジャニスカさんにこう書いて頂いて、自分のことのように嬉しいです(笑)
文字通り野生のキツネのような気高さというんでしょうか、「誇り」に全てを賭けていた大場大尉の生き様、人となりがあの1シーンに集約されていたように思います。

後半もディープな考察がありそうですね。楽しみにしております。
お邪魔しました。



by peach tea (2011-02-27 02:12) 

Sho

ジャニスカさんのレヴューを読みながら、「戦争映画」とは「反戦映画」とは何だろう?と
考えていました。
あるとき、戦争映画をまとめてみてみようかな・・と思ったことがあります。
「プラトーン」「地獄の黙示録」「7月4日に生まれて」「フルメタルジャケット」
「戦争と人間」・・・
ずいぶん昔、テレビで放映されていた「カジュアリティーズ」の一部分をたまたま目にしてしまい、ものすごくショックを受けました。しかし、いつかあの映画を全編見たいと思っています。
"反戦文学"として名高い「火垂るの墓」ですが、作者の野坂昭如氏は
「あの小説を"反戦小説"と言われることは、身を切られるほどに辛い」とかつておっしゃっていました。
「夕凪の街桜の国」も「太平洋の奇跡」も、いつか必ず見てみたいと思っています。
by Sho (2011-02-27 08:15) 

むーにゃ

ジャニスカさん、こんばんは。「太平洋の奇跡」に対して、これほどまでに、深く読み取っておられたことに、ただただびっくりするばかりです。
私は、戦争映画の描き方や、戦争の記録そのものも、まるで知らない素人ですが、ジャニスカさんが、今回考察されていたいくつかの部分で、私も全く同様に感じていた部分がありましたので、それについて、コメントさせていただきたいと思います。

まず、軍人としての大場大尉の描き方です。当時の軍人さんの気持ちなんて見当もつかないのですが、竹野内さん演じる大場大尉は、常に軍人、それも指揮官としての立場からの発言、行動をしています。観る側としては、その辺の状況や気持ちを理解しなくては、彼の発言、行動は納得できないものとなるでしょう。
私は、大場大尉が赤ん坊を見つけたときの、赤ん坊を助けたい、しかし助けることのできない状況に苦悩する姿に、胸を締め付けられる想いでした。唯一できる方策、発見を促す目印の布切れを結ぶことにさえも、他の日本兵からは甘いとそしられますが、さらに強く結びなおす事で、自分の意思を示す態度に、彼の強い信念を感じました。
それから、後半、日本の敗戦を知らされ、死して軍人としての誇りを守ろうと自害を決意する隊員の様子を、ぐっと見つめ続ける時の辛くて苦しそうな大場大尉の表情が頭から離れません。現代人のモラルなら、死のうとする人を見殺しにするなど非人道的だと非難されることでしょう。しかし、大場大尉は、誇りを守ろうとする隊員を、目を逸らさず見続ける(見送る)ことで、指揮官としての勤めを果たそうと考えたのだと思います。苦しかったことでしょう。
唯一、人間としての思いや発言をしているのが、民間人の子供や女性との会話です。そこで、はっと気付かされるのです。戦争というものがなかったら、軍人として戦っていなかったら、彼は、人間らしく感じたり笑ったり泣いたりできたのだろうと。

この映画は、たくさんの事を感じさせ考えさせてくれました。
監督はじめ制作スタッフの皆さんや、竹野内さんをはじめとする俳優の方々の深い洞察がなければ、薄っぺらい作品になってしまったかもしれません。それから、鑑賞する我々も同じように当時の状況に想いをめぐらすことができなければ、この映画の本当に伝えたい意味は伝わらないのかもしれません。
私は、素人ですので、もしかしたら、この映画の意味を取り違えているのかもしれませんが、映画のキャンペーンで、平山監督と竹野内さんは、「観る人それぞれがなにかを感じとってほしい。」とおっしゃっていましたので、私は、このように解釈させていただきました。この奥にもっと深い意味がこめられているのでしょうけど、それは、これからの人生でおいおい解ってくることなのかもしれません。

それにしても、ラストの赤ん坊を抱いての会話のシーン、私は全くそのメーセージに気付きませんでした。ジャニスカさんの洞察力は、本当に深いものだと感心しております。
それから、
>本作が用いた基本的表現手法および演出
については、ジャニスカさんが何を言おうとしているのか、なんとなく解るような解らないような。私は、その辺は、本当に全くの素人なので、次回のレビュー、楽しみにしています。

では、また。


by むーにゃ (2011-02-27 22:30) 

ひとやすみ

ジャニスカさん、太平洋の奇跡のレビューありがとうございます。
待ってました。(*^^)v
こんなに気合を入れて書いていただいて、嬉しいです。

今日4回目を観て来ましたが、観るほどにいい映画です。
最初に観た時は、原作を読んでいるので、原作との違いやストーリーとしてどうか・・・など気になってしまい、映画自体は堪能できませんでした。
3回目くらいから、やっと話に入り込んで観ることができました。
戦争映画は苦手なので、そんなに観てる訳じゃないけれど、
反戦や平和を前面に押し出してない、押付けないところが、私てきに好みです。
大げさに泣き叫んだりしないのが、かえってリアルで、実際に近いんじゃないかな~と想像に過ぎませんが思いました。

大場大尉が初めてルイス大佐に会う場面、何度観ても、いや観る度に感動が増します。
佇まいの気高さに、日本は負けているのに、負けた気がしませんでした。
今までの映画だと、相手国は悪のように描かれることが多いですが
この映画は、戦争に勝者も敗者もないということを感じさせてくれます。
観終わったあとに、なんとも清々しい気分になりました。


by ひとやすみ (2011-02-27 23:24) 

ジャニスカ

peach teaさん、はじめまして。いつもご来訪ありがとうございます(^^)。
ルイス大尉との会談のシーンは、竹野内豊さんにとって最も難しいシーンのひとつだったのではないかと想像しています。本文にも書きましたが日本軍の代表としてその誇りをまさに一人で背負っているような佇まいなんですよね。そして一貫してルイス大尉と対等であろうとする言葉の力強さ。しかも全身が映る広い絵で捉えられていましたから、ごまかしが効かないし、逆に言えば、ごまかしが必要がないぐらい的確な竹野内さんの役作りとあのシーンに臨む集中力が読み取れると思います。

ガタルカナル島の戦いを描いた『シン・レッド・ライン』というアメリカ映画があるんですけど、この映画は割りと的確に日本軍を描いていて(光石研さんが日本兵として出演されています)、終盤にジャングルの中から不気味に次々と現れる日本兵を捉えるカットがあります。これは当時アメリカ軍が感じていた日本軍に対する印象がよく伝わってくるカットだと思うんですけど、私は大場大尉がジャングルの中から姿を現すカットを見てこの映画を思い出しました。おっしゃられるように竹野内さんの気高い佇まいを通じて、アメリカ軍が大場大尉のことを「フォックス」と呼んだ理由を我々は初めて実感できるんだと思います。

次回は演出面について言及していますが、
ちょっと専門的すぎるので、知らなくてもいいことだとも思っています。
また、取りようによってはケチをつけていると思われる方もいるかもしれません。
ただ、当ブログは良いものは良い、悪いものは悪いとはっきりと言うことをポリシーとしております。
そのあたりにご留意ください。
またコメントお待ちしています!(=´ー`)ノ

by ジャニスカ (2011-02-28 18:54) 

ジャニスカ

Shoさん、こんにちは~。
皮肉をこめて申し上げれば、戦後の日本人は「反戦」という言葉が大好物になりました。
戦争映画を観るときに「反戦」ならとりあえず安心するんですよね。
戦後50年のとき、日本の映画会社がこぞってバカみたいな戦争映画を作りましたが、
もちろんテーマは「反戦」でした。とりあえず「反戦」ならお客さんが入るからです。

だから『プラトーン』のようなアメリカの戦争映画もそういう先入観で観てしまう。
もちろん「反戦」がテーマであることに間違いはありませんが、
実は『プラトーン』のテーマはもっと矮小化して「ベトナム反戦映画」と捉えなければならないと思います。
日本はベトナム戦争に直接関与していませんから、そういう想像力を働かせるのは困難なのかもしれませんが、
アメリカという国が大戦後、どのように「戦争」と関わってきたのかを知らずしてこの映画を語り、
安易に「反戦映画」とひと括りにして、安心してしまうのは日本人の悪い癖です。
なぜ「反戦」なのかに想いを巡らせなくなったとき、あの過ちは再び繰り返されるのかも知れません。

野坂昭如氏の言葉は私も聞いたことがありますが、今ならなんとなくわかるような気がします。
我々は「反戦」というキーワードでざっくりと戦争を認識するのではなくて、
もっと矮小化して、個々の事実を知ろうとしなければならないんだと思います。
その先に「反戦」というキーワードが見えてくるのであって、
『火垂るの墓』を最初から「反戦小説」と定義してしまうと、
見失ってしまうものが確実にあるような気がします。
野坂氏の言葉を理解できるなんて私にはとても言えませんが、
我々がその意味を汲み取ろうとせず、涙を流して「ああ満足」で終わったら、
日本人の「平和ボケ」もここに極まれりということになると思います。

ちなみに『カジュアリティーズ』は「反戦映画」ではありません。
この映画のテーマは戦争という極限状態で露呈する人間の醜さだと思います。
もちろん人間をそういう状況に陥れる戦争は怖いと思わなければなりませんが、
これも同様に「反戦」で括ってしまったらもっと大事なことを見落とすと思います。

『夕凪の街 桜の国』も『太平洋の奇跡』もぜひご覧下さい。
『夕凪の街 桜の国』の公開当時のキャッチコピーは、
「広島のある、日本のある、この世界を愛するすべての人へ」というものでした。
この2作品はまったくアプローチは違いますけど、私は共通するテーマがあると思っています。

by ジャニスカ (2011-02-28 18:57) 

ジャニスカ

むーにゃさん、こんばんは~。
ここに書いたことは的外れなこともたくさんあるかもしれません。
こう読み取らなければならないというものではありませんので、
皆様が感じたこともどうぞ大事になさってください。

この映画の素晴らしいところは、大場大尉の軍人としての側面とひとりの人間としての側面をはっきりと描き分けているところだと思います。特に赤ん坊を助けるシーンは、とても複雑な構造なんですよね。でも、これが大場栄という人物なんだということが的確に表現されているし、ちゃんと伝わってくる。

それと、このシーンについてむーにゃさんが書かれている部分でもうひとつの見方があることを知っておいていただきたいのですが、大場大尉が布切れを結んだ後、堀内一等兵が「甘いで」みたいなことを言うんですよね。私も最初は大場大尉の「考え方が甘い」という意味だと思ったんですが、その後の堀内一等兵の人物描写を見ていると、これは「結び方が甘い」とも取れると思うんです。だから大場大尉はきつく結びなおした。観終わってからどちらの意味かずっと考えていたんですけど、おそらく脚本の西岡琢也さんはこの台詞にどちらの意味も込めているような気がしています。だとすれば、この台詞ひとつで大場と堀内、両者の人となりを表現してしまう、技術的にはかなりレベルの高い台詞ということになると思います。これこそ的外れかもしれませんが(^^;。

部下の自決を見守るシーンは、次回のレビューでも取り上げております。私もむーにゃさんが書かれたこととまったく同じ事を感じ取りました。このときの竹野内さん表情のお芝居は本当にすばらしかったと思います。

ラストシーンについてはリアルに的外れの可能性もあるんですが(^^;、
そこまで読み取ることを「飛躍しすぎ」で片付けることはできないと思います。
そう思わなければ何も始まらないというか、
この映画を観たことを「感動した」で片付けるのではなくて、
どんな解釈をしてでも、これを次に繋げていこうとする気持ちにならなければならないと思います。
もうこの映画を見た人は、次のアクションを起こさなければならないのです。

次回のレビューは、演出面については「批評」をしていますが、
基本的表現方法については私の「感想」ですので、そのあたりにご留意ください。
もう少し書かなければならないことがあるので、もうしばらくお時間頂戴します。

by ジャニスカ (2011-02-28 19:00) 

ジャニスカ

ひとやすみさん、こちらこそありがとうございます(^^)。
ひとやすみさんのブログから毎日たくさんの方にアクセスしていただいております。

4回目ってすごいですね!
ただ、原作も映画も事実を元にしたフィクションですので、
どちらの描き方が正しいとか優れているということはあまり考えない方がいいと思います。
ひとつひとつのシーンから何を感じるかということを大事にしていただきたいです。

ひとやすみさんが感じた、
>日本は負けているのに、負けた気がしませんでした
という感覚は非常に大事で、日本はあの戦争に負けた、だから日本は悪いんだ、という認識が、
日本人があの戦争に対する理解を深めることを妨げてきたようなところがあると思うんです。
たとえば、サイパンやパラオといった南洋の島では、現地の年配の方たちは今でも日本語を話せるし、
戦時中に日本兵がサツマイモやタロイモの効率の良い栽培の仕方を教えてくれたと言って、
日本という国に対してとても好感を持ってくれている人もいます。彼らは軍歌も歌えるんですよ。
あの戦争で日本が為したことは大部分が負の側面を持っていますが、
それだけではないということも我々は知っておかなければならないと思います。

それと、揚げ足を取るわけじゃないんですが、ルイス大佐ではなくてルイス大尉なんです。
女性の方には、これを勘違いされている方が結構いるようなので、指摘させていただきました。
大佐というと4000人ぐらいの部隊を指揮するかなり偉い人で、ルイス大尉の上官が大佐でした。
大場大尉とルイス大尉が両軍において対等の立場であるというところが、ストーリー上重要だと思うので、
そういう認識をお持ちいただくと、また違った見方ができるのではないでしょうか。

この映画をきっかけとして他の映画もぜひご覧になってみてください。
その中でも『夕凪の街 桜の国』をオススメします!

by ジャニスカ (2011-02-28 19:03) 

青りんご

ジャニスカさん、初めまして!!

ひとやすみさんのブログをきっかけに
「流れ星」のときからお邪魔させて頂いております。
今回、あまりにも的確で、奥が深いレビューに感激して
思わずコメントさせて頂きました。

「人間である前に軍人」・・・
赤ちゃんを見つけたシーンでの「考え方が甘い」が
「結び方が甘い」・・・
ラストのシーンから「赤子同然の知識しか持っていないのではないか?」
・・・・・
ハッとさせられました。
それが、飛躍しすぎた考えであっても、そんな風に感じ取れる
ジャニスカさんは素晴らしい感性を持っていらっしゃる方なんだなと
とても羨ましく思います。

私は35歳です。もちろん、戦争を知りません。
太平洋の奇跡を観て、戦争を本当に知らな過ぎ。そして、反戦映画に影響を受け過ぎだな
と実感しています。
軍人であるが為に、勝ちにこだわり、勝つためには、生きる。
大場さんは、山を降りるときどんな気持ちだったのか・・・
負けて悔しい・・信じていたのもが崩れ悲しい・・
なんて、簡単なモノではないですよね。
どんなに考えても、私には分かりません。
きっと、現代の教育を受けている私などには分かるはずも無いのでしょう。
でも、少しでも大場さんの気持ちに近づきたいので
本当の戦争を学ばなくては・・・と思っています。

本当に素晴らしいレビューです。
竹野内さんが好きで観た映画でしたが、ジャニスカさんのお陰で
竹野内さんの言いたい事・伝えたい事も、より深く理解できたように感じます。

知らない事を、分かったつもりで次の世代に伝えるなんて
そんな無責任な事をしてはいけないですね。


by 青りんご (2011-03-01 00:35) 

こめっこ

はじめまして。月9ドラマ「流れ星」に対する的確な考察に感動し、それからは事あるごとにお邪魔させていただいています。
でも、コメントするのは初めてです。少し緊張しています。

「この子はまだ日本を知らないんだ」
「私が教えます」
私はここに作り手が意図した現代に生きる日本人に対する痛烈な皮肉が込められていると考えています。これをこの物語が描いてきた「日本人の誇り」を子供の世代に伝えていかなければならないという我々に対するメッセージとしているからだと思います。

というジャニスカさんのコメントに実は私もまったく同じ感想を持っていました。私はこの映画を見たときに2つの感情が湧きました。1つは、「
勇敢に戦い、生きて帰ってきてくださってありがとうございます。」そして、もう一つは「ごめんなさい」でした。
あの赤ちゃんは現在の日本人そのものなんだと。512日も経っているのにまだ赤ちゃんんのままなんて、日本人は戦後65年経った今も成長していない(できなかった)という皮肉なのかと。
戦争のこと、そして当時の方々の思いを何も知らない、知ろうともしなかった自分を恥じました。

この映画は、戦争を知らない者だけで制作した初めての映画だそうです。
この映画は、もちろんいくつかのメッセージがあるわけですが、誇り高き日本を忘れてしまった日本人に対する皮肉とともに、戦争を戦ってきた方々へのお願いの意味も含まれているのではないかと思いました。
生きて帰ってきたことをどうか誇りに思ってください。戦争で戦ったことをどうか恥じないでください。戦争で相手を殺してしまったことにはいつまでも手を合わせなければならないかもしれないけど、現在に生きる我々にも一緒に手を合わさせてください。そして、あの戦争を歴史から抹殺せず、これから日本を生きる我々にどうかその魂を伝えてください・・・と。

そして最後に、今回も竹野内さんは大場大尉と真摯に向き合い我々に伝えてくださいました。映画の中には、竹野内さんはおらず本当に大場大尉が今でもそこに存在しているかのような感覚でした。
何かの雑誌で竹野内さんが「極論を言えば、演じることなんてどうだっていい・・」と言われていたのを思い出しました。演じるのではなく大場大尉がそこにいました。


by こめっこ (2011-03-01 01:32) 

ジャニスカ

青りんごさん、はじめまして!いつもご来訪ありがとうございます(^^)。

私の場合は「感性」で感じ取っているというよりも、
作り手の立場に立って何を表現しようとしているのかを考えるところから始まっています。
映画作品そのものを「解釈」することは、
作り手が意図したものがある以上、そんなに難しい作業ではないのかもしれません。

>大場さんは、山を降りるときどんな気持ちだったのか・・・

私も映画を観てこれをわかったなんて絶対に言えません。
重要なのはそれを知りたいと思うこと、そして想像することで、
我々に「感性」が求められるのはここからだと思います。
これを感じ取る材料として、我々はあの戦争のことを学ばなければならないんだと思います。

次の世代に伝えていくということをあまり難しく考える必要はないのかもしれません。
これについては一番簡単な方法があります。
まずはこの『太平洋の奇跡』という映画を子供たちに見せればいいんだと思います。
戦争を次の世代に伝えていくために映画その他の著作物を利用することは間違いではありません。
私たちがこの映画を見てあの戦争のことを知りたいと思ったように子供たちも何かを感じ取ってくれるはずです。
重要なのは各々が進んであの戦争のことを知ろうとすることで、
この映画は十分にそのきっかけになりえるし、自信を持って子供の世代に語り継げる作品です。
ただ、この映画を観た子供たちの疑問に答えられる最低限の知識は持ち合わせていたいですね、、、

またコメントお待ちしています。。。

by ジャニスカ (2011-03-02 19:18) 

ジャニスカ

こめっこさん、はじめまして。いつもご来訪ありがとうございました(^^)。

この映画を観て、あの戦争を戦った方々が戦後どんな気持ちで生きてきたのか
ということにまで想像力を働かせられればこんなに素晴らしいことはありません。
私たちは「日本人の誇り」を知ら(され)ずに育った世代ですが、
あの戦争を戦った世代は「日本人の誇り」を捨てさせられた世代なのかもしれません。
我々は日本人であることの意味を考え、そのことを世代間で共有しなければならないし、
ようやくそれができる時期に来ているんだと思います。
NHKの「戦争証言」という番組をぜひご覧ください。
戦争を知っている方々の思いを知るにはまだまだ遅くはないと思わせてくれます。

おっしゃるように竹野内豊さんは演じていることを忘れるぐらい役柄になりきっていたと思います。
ただ、ご本人はそのことで満足なさってはいないと思うし、私もこの方は「もっとできる人」だとも感じました。
再び違った形で竹野内さんが演じる軍人を見てみたいし、その時はまったく違った姿を見せてくれるはずです。
ますます今後が楽しみな俳優さんになりました。「大木家」も控えてますしね(^^)。
またコメントお待ちしています。。。

by ジャニスカ (2011-03-02 19:19) 

笛吹働爺

初めまして愛知県のオジイです。3月になってやっと見ることができました。
途中からいろいろな思いが湧いて涙が止りませんでした。

私、昭和25年生、父はシベリヤ帰り、父の兄は南洋で戦死、父の弟は予科練くずれ、父の一回り上の知人は南洋で戦死との知らせから2年後に帰還。皆もう他界しました。
と、戦争話は身近のように思われるかもしれませんが、彼等は若い頃は一様に一言も話ませんでした。よほどつらい目にあったと思います。この映画や硫黄島を見てあるていど納得しました。
投降してから、収容所前で賞賛する米大尉に対し、大場大尉の「私は誇れることは何一つしていません」という言葉が深いです。
大場さんは1992年まで愛知県蒲郡で生きていらしたことを、この映画をきっかけに知りました。おそらく戦争当時のことは何も語らなかったことでしょう。
この映画から「矜持」という言葉が浮かびました。

今また防衛のために憲法改正しようという動きがありますが、21世紀はそういう二元対立から脱し、真に平和な地球を作らねばなりません。そういう活動を過去35年してきましたし、これからも続けて行きます。
by 笛吹働爺 (2011-03-03 16:25) 

ジャニスカ

笛吹働爺さん、コメントありがとうございます!
私も身近で戦争という事実を実感したことはない「戦無」世代です。
だからこそこういう映画を見て事実を知り、想像力を精一杯働かせなければならないと思っています。
戦後65年を経た今こそ「戦争賛美」とか「安易な反戦」ではない価値観で映画を作って欲しいし、
受け取る我々もそういう先入観を捨てて、戦争映画に臨まなければならないのかもしれません。
真に平和な地球は既成の価値観では絶対に作れないような気がします。
私もそのために何ができるか深く考えなければならないと思います。

by ジャニスカ (2011-03-03 22:19) 

笛吹働爺

ジャニスカさんresありがとうございます。
戦争が無いのが本当の平和ではありません。他国が攻めてくるという被害妄想・恐怖が狂気を呼び軍備に走らせるのです。故にただ「戦争反対」と言ってるだけでは二元対立の中にいるのと同じです。

国も個人もお互いの違いを尊重しあえるようにならなければ真の平和は来ません。
あえてサイトは紹介しませんが、「生命憲章」で検索してみてください。
by 笛吹働爺 (2011-03-03 23:24) 

ジャニスカ

「生命憲章」読ませていただきました。
こういう活動があることを初めて知りました。
新しい価値観を想像することは本当に大変なことだと思います。
それらが提示されたときにその本質を理解できる人間的ベースを持ち合わせていたいと思います。
by ジャニスカ (2011-03-04 19:28) 

笛吹働爺

実はあそこの親サイトがあるんですがリンクは貼ってありません。
会長の名前で検索すると出てくるかもしれません。

もうひとつのキーワードを書いておきましょう。
「 Symphony of Peace Prayers」
by 笛吹働爺 (2011-03-05 00:06) 

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