So-net無料ブログ作成

リンダ リンダ リンダ [映画レビュー]

リンダリンダリンダ [DVD]

[ DVD ]
リンダリンダリンダ
( バップ / ASIN:B000CDW8AA )

『 リンダ リンダ リンダ 』
( 2005年 ビターズ・エンド 114分 )
監督:山下敦弘 脚本:向井康介、宮下和雅子、山下敦弘 出演:ペ・ドゥナ、前田亜季、香椎由宇、関根史織
          Official / Wikipedia / Kinejun          

2009110301.jpg
(C) 2005 「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ

大人になって振り返ると取るに足らないプライドだったり、周囲の影響を受けやすい感受性の強さだったり、カッコつけることから始める行動だったり・・・時には誰かに迷惑をかけることがあっても、それらすべては「十代の特権」とも言えるものです。本作では、高校生ならではの「若さ」といったものを、文化祭の雰囲気を通して、独特の空気感で表現していきます。そのような高校時代の若さというものはそれが発散されることに意味があるのであって、その内容については希薄なことが多いものです。おそらくそのあたりの漠然とした青春時代の感覚を端的に表現したのが、冒頭に登場する放送部による文化祭の記録ビデオのワンシーンだったと思います。

映画の冒頭というのは、その作品全体の雰囲気を決定付ける「顔」ともいうべきシーンであることが多いので、私は、身構えて観てしまいます。しかし、本作の冒頭で高校生が喋る「セリフ」に、まるで中身がないことに気がつくと、肩に力を入れてその意味を必死で読み取ろうとしていた自分がバカらしくなり、思わず吹き出してしまいました。以下、劇中のセリフを引用します。

 「僕たちが子供じゃなくなる時、それは大人への転身だなんて誰にも言わせない。
 僕たちが大人になる時、それは、子供を辞めるときじゃない。
 本当の僕たちはどこにいるのか、本当の僕たちはここにいていいのか。
 本当の僕たちのままでいられる間、あと少しだけ・・・2004、芝高ひいらぎ祭」

なんのこっちゃ(^^;。そして、ディレクター役の放送部員から威勢のよく、「はい!カット!」という声が飛びます。しかし、その威勢のよさとは裏腹にカメラマンと「最後のカット」についての談議を始めてしまいます。最後はズームインしてインパクトを出したいというカメラマンの進言に対して、ディレクターはどうしたらいいのか迷います。

一人前のディレクターのような掛け声とは対照的に、ディレクターの最も重要な仕事である「決める」という作業ができないところに、まずはカッコつけることにこだわって、その中身が伴っていない高校生らしい「若さ」が表現されているのだと思います。私も放送部だったので、そんな彼らをとても懐かしい想いで見てしまいました。おそらく山下監督にとってもそれは身に覚えがある光景なんだと思います。そして、美辞麗句を並べただけで内容がないこの一連の「セリフ」も高校生らしさの表現であり、この冒頭のシーンは本作のテーマを象徴する「顔」の役割を十二分に果たしています。中盤にもう一度この放送部のロケシーンが登場します。面白いので再度引用。そのナンセンスぶりをご堪能ください(^^ゞ。

 

「僕たちはこれで終わらない、奇跡を待つのは悪いことじゃない。
 なぜなら僕たちは高校時代を思い出になんかさせないから。
 今吹いている風と、明後日吹いている風は、果たして同じだろうか。
 意思と勇気は同じポケットに入れておく。
 ここは僕たちの王国、2004、芝高ひいらぎ祭、最終日」

「カット!!」  

このムダに威勢のいい掛け声と冒頭にも増して、なんのこっちゃ(^^;というセリフに、山下監督がこの放送部のシーンに込めた意図を再確認することができました。個人的には本作中最も笑ったポイントです。

さて、ここからは本作に登場する主要な登場人物それぞれの「若さの表現」について掘り下げて見たいと思います。本作のテーマは、青春真っただ中の高校生ならではの「若さ」を表現することにあり、独特の空気感で青春時代を切り取ることに成功しています。

バンドメンバーをひとりずつ取り上げてみます。ギターの恵(香椎由宇)は、大人から見ると最も露骨に「若さ」を身にまとっているキャラクターだったと言っていいでしょう。中でも近親憎悪の友人、凛子(三村恭代)とのつまらない意地の張り合いは、物語の発端となる重要なエピソードであるとともに、まっすぐ過ぎて融通が利かない青春時代のプライドが表現されています。他にも年上の男と付き合っていたという過去や、子ども扱いされることを嫌ったりするというシーンが盛り込まれており、本作中最も魅力的なキャラクターとなっています。また、ドラムの響子(前田亜季)は、同級生に片想いしていますが、想いを伝えるという発想は希薄であり、友人に背中を押されてようやく決心をします。しかし、結局、想いを伝えることをやめてしまいました。このあたりの描写には、「恋をしている」事実にとりあえず満足してしまうという青春時代のあいまいな恋愛感情が表現されているような気がします。

そして、私が最も注目したいのがベースの望(関根史織)の感受性の強さからくる「若さ」が表現された夜の屋上のシーンです。望が自分たちが今まさに置かれている「青春という状況」に陶酔して「こういうのっていいよね」としみじみと心情を吐露すると、響子たちがそれを茶化して、望は泣いてしまいます。夜の学校に忍び込むという行為自体がすでに「青春」ですが、このシーンの会話そのものは本当に他愛のないものです。それでも、このシーンに青春時代への懐古と憧憬を感じてしまうのは、その他愛のない会話と夜の学校という状況に「青春時代の空気」が魅力的に表現されているからだと思います。

このシーンに代表されるように、本作における「若さの描写」のほとんどは、「空気感」を切り取ることによって表現されています。冒頭の放送部のシーンしかり、望の家での食事会のシーンしかり、スタジオでの練習風景しかりです。そのような「空気感」は、いかなる演出によって表現されているのかといえば、その手法はそこにカメラを固定しておくという、いたってシンプルなものでした。文化祭という舞台設定と主要な登場人物のキャラクターをしっかり描いているので、そこに繰り広げられるエピソードや会話には自ずと青春時代の空気がにじみ出てくるものであり、小細工は無用なのです。

演出面で取り上げなければならないのは、冒頭タイトルアウト後の廊下のシーンでの長回しです。軽音楽部に持ち上がった問題を解決しようと、響子が各クラスの友人に話しかけていく動きをカメラが追いかけていきます。この一連の流れで、本作におけるドラマの本筋の発端を説明するとともに、文化祭の準備をする各クラスの風景を見せることで文化祭の雰囲気を切り取っていきます。このシーンの長回しは、物語の端緒を表現するシーンとしては実に見事な作りになっています。

また、甲本雅裕さん(甲本ヒロトさんの実弟)演じる小山先生がなんともいえない微妙な存在感を示していましたが、要は大人になってしまった我々の、若者を見つめる視点を代表してくれているんだと思います。先生も我々と同様に青春時代を思い出し、もう一度その輪に入ってみたいけれど、そんなことは絶対に無理だとわかっているし、立場上距離を置かなければならないという微妙な心情がとてもうまく表現されていました。そんな小山先生は静かに主人公たちを応援します。他にも軽音楽部部長の阿部(小出恵介)は、「部長」という役割を演じることに一生懸命だし、松山ケンイチ君演じる槇原は、文化祭というイベントにかこつけてソンちゃんに告白しようとするし、すべては青春時代に確実に存在した「空気」を感じさせてくれます。

最後にボーカルのソンちゃん(ペ・ドゥナ)にとっての「青春」とはどんなものだったのでしょうか。この子はおそらく、自分を表現すること、自己主張することの楽しさに初めて気がついた女の子だったんだと思います。序盤、ブルーハーツを聞いたソンちゃんが涙を流すシーンがありますが、それは「自分」を表現するためのもっとも簡単な方法を知った瞬間でした。

 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。