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虹の女神 Rainbow Song [映画レビュー]

虹の女神 Rainbow Song [DVD]

[ DVD ]
虹の女神 Rainbow Song

( アミューズソフトエンタテインメント / ASIN:B001MC02Q2 )

『虹の女神 Rainbow Song』
(2006年 東宝 117分)
監督:熊澤尚人 脚本:桜井亜美、齋藤美如、網野酸 出演:市原隼人、上野樹里
          Official / Wikipedia / Kinejun          

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(C) 2006 「虹の女神」製作委員会

「故人から遅れて届いた手紙がもたらす切なさ」というのは、本作のプロデューサーである岩井俊二氏がその長編デビュー作『Love Letter』(1995年)で劇的に確立し、今となっては多様に使用されているドラマの手法です。本作においても序盤の何気ないシーンが伏線となって、ラストに故人のメッセージが主人公の心に届きます。

本作において重要なのは、そのラストのサプライズに向けて、そのメッセージの内容と性質を主人公および観客に秘匿しておくことだったと思います。それでいて我々に対しては決して唐突であってはならず、その気持ちに至る過程をしっかりと描いていかなければなりません。

7つの章からなる本作は、第1章が終章につながり、その間は主人公ふたりの過去を順を追って描いていくという構成になっています。過去に戻る第2章以降、我々は漠然とふたりの恋愛関係に目を向けますが、ふたりの間に存在するそのような種類の感情がいたって淡白であることを認識します。

それでも終盤、岸田(市原隼人)が冗談で言ったプロポーズに対して、あおい(上野樹里)が感情的に怒りを露わにしたシーンで初めて、あおいの岸田に対する特別な感情を嗅ぎ取ります。あおいがロサンゼルスに旅立つ直前にはその気持ちがはっきりするわけですが、序盤から中盤にかけてのふたりの恋愛に関する希薄な描写から我々が抱く疑問は、あおいが岸田に対して「いつから」特別な感情を抱いていたのかということです。

ラストシーンで岸田は初めてあおいの気持ちを知るわけですが、一足先にそのことを知ってしまっている我々にとってのサプライズは、その感情が表現された「時期」にあるのです。あおいが岸田のラブレターを代筆するシーンは、かなり序盤にあったということにまず驚きます。そして、そのシーンは、ラストのサプライズの瞬間までは、むしろふたりの淡白な男女関係を印象付けるシーンとして存在していたところが、そのサプライズに深みをもたらしています。ひとつのシーンにまったく正反対の二重の意味を持たせるという伏線の張り方は、実に見事なものだったと言えます。

また、冒頭のシーンが終章でリフレインされますが、終章ではそのシーンが岸田が失恋した日であることが明らかになります。その日に見た虹は、かつてあおいと一緒に見た珍しい虹であることから、岸田はあおいのことを思い出します。そして岸田が期せずしてその珍しい虹を表現した「不吉な」という言葉に、冒頭では読み取ることができなかったもうひとつの意味が付与さているところにも切なさが際立ちます。

以上のことからも「虹」は、本作において重要な要素となっており、虹を印象付けることが本作演出上の鍵だったと思います。その虹は出会ったばかりのふたりの誤解が溶けるという序盤のシーンで象徴的に登場します。岸田が1万円札の指輪をあおいの指にはめるという行為にふたりの間の壁が取り払われたことが表現されていますが、そのあとに登場する「架け橋たる虹」は、今後のふたりの特別な関係を予感させるという重要な役割を果たしています。

このシーンは、河岸を前後して歩くふたりを横から追いかけるという長回しのカットで成立しており、実に巧妙に仕組まれた見事なシーンとなっています。最後に岸田が虹を見つけると当然カメラは空へパンすると思いきや、意外なことにカメラはふたりの足元を捉えます。そして、それが「水たまり」に反射する虹という、いわば間接表現だったところがかえって虹を美しく見せおり、虹を鮮烈に印象付けることに成功しています。笑顔のあおいが水たまりに映し出されるというエンドロールからも、それは本作における象徴的な演出だったと言えるでしょう。

また、本作を語る上で無視できないのが、上野樹里ちゃんの卓越した演技力です。本作の役柄は「映画作りに情熱を燃やす超おくてのもてない大学生」というもので、このうち「もてない女の子」の表現は、彼女自身のかわいらしさもあって簡単ではなかったと思いますが、男勝りの言動で見事に表現しています。

チルソクの夏』(2004年 プレノンアッシュ)でも感じたことですが、彼女の持ち味は日常の淡々とした自然なお芝居であり、そのようなベースの上に成立した人物の感情表現には大変な説得力が生まれます。本作においては、岸田の冗談のプロポーズに対して露にしたあおいの率直な感情表現が、まさに彼女の演技力の真骨頂と言えるところであり、我々の心を揺さぶります。

その一方で「のだめ」みたい役柄もこなしているところが、彼女の卓越した演技力と女優としての存在感を証明していると思います。最近はコメディ路線が多い上野樹里ちゃんですが、個人的にはコメディよりも、本作のような等身大の役を演じる彼女の方に魅力を感じます。

総合評価 ★★★★
 物語 ★★★
 配役 ★★★
 演出 ★★★★
 映像 ★★★★
 音楽 ★★★★


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コメント 5

caps

こんにちは、初めまして。リンクつながりで参りました。

この作品は素敵ですよね。ジャニスカさんがおっしゃっているように、自分も上野樹里さんの芝居にひきつけられました。登場人物の感情の機微を、リアリティを持って演じていられることに、驚きすら覚えました。同時に、等身大の人間を演じる上野さんに、そして登場人物に好感を抱きました。

自分は、それほど多くの映像作品をみているわけではないのですが、この作品は「佳作」という表現が当てはまる作品だと思いました(偉そうだったら申し訳ないのですが、、)。市原さんのお芝居も自然でしたし、そうですね、岩井俊二さんの「love letter」を思い出しました(虹の女神には、岩井さんはプロデュースで参加されてますね)。最後のシーンの切ない感じが、そう思わせたのかもしれません。

自分も、この作品が好きでしたので、レビューを拝見して、書き込んだ次第です。突然、失礼いたしました。
by caps (2011-02-24 02:42) 

ジャニスカ

capsさん、はじめまして。コメントありがとうございます(^^)。
私もこの作品は大好きなんですけど、ちょっと評価を落としてしまったのは、
「章立て構成」というのが珍しくて、それが良いのか悪いのか判断ができなかったというのがあります。
でもこれ以降の熊澤尚人監督の作品を観ていると、とにかく緻密な計算の下に作られていて、
今となっては、この作品の表現方法がただ目新しさを狙ったものではなくて、
しっかりとした作り手の意図が込められていると理解しています。

そしてこの作品の上野樹里ちゃんのお芝居は彼女のキャリアの中でも私は一番好きです。
おっしゃられるように彼女がこの作品で表現しているのは、
役柄の深いところにある目に見えない感情なんですよね。
それがお芝居からにじみ出てくるとでも言えばいいでしょうか。
のだめはのだめでスゴイお芝居をしていると思いますが、
のだめ以降の彼女は表面的な小手先のお芝居に終始してしまっている印象で、
今回の大河ドラマにおけるお芝居もいまひとつ役柄の感情に説得力がありません。
握りこぶしをもう一方の手の平に打ちつけて「なるほど!」と言わせちゃう時代劇ですから、
彼女だけのせいではありませんが、この映画のようなお芝居ができることを知っている人間としては、
そんな彼女を見なければならないのは本当に悲しいです。

岩井俊二監督の『Love Letter』は私も大好きな作品で、
この作品がその延長線上にあるのは間違いないと思います。
私は『Love Letter』は青春ラブストーリーの表現手法に革命をもたらした作品だと思っていて、
以降の同系統の作品にかなりの影響を与えていると思います。
行定勲監督の『世界の中心で、愛をさけぶ』なんかも影響を受けているのは確実ですし、
『Love Letter』のプロデューサーだった長澤雅彦監督の作品も私は大好きです。
もちろん熊澤尚人監督も岩井イズムの継承者で、昨年発表した『君に届け』も是非ご覧になってみてください。
監督つながりで作品を観ていくのも楽しいと思います。
またコメントお待ちしています(=´ー`)ノ。

by ジャニスカ (2011-02-24 21:38) 

caps

こんにちは。返信ありがとうございます。

そうですね、上野さんの演技、のだめは原作がコミックであり、キャラクターが明確になっている分、それを踏襲せざるを得ない側面があるのかもしれませんね。大河も、今は幼いころを描いているためか、少し演技がオーバーに映るのかもしれません(のだめは断片的にしか拝見していないのですが、、)。自分は虹の女神と、ラストフレンズの上野さんの芝居が印象に残っていますね。この二つの作品での上野さんの芝居は素晴らしかったように思います。

コメディというのは難しいですね。演技を役者がイメージしておこなっているのか、それとも演出によるものなのかは、見ている分にはわからないのですが、そうですね、、私は三谷幸喜さんの作品は比較的見ているのですが、ラジオの時間の梅野泰靖さんや、有頂天ホテルの角野卓造さんのように、なんていうんでしょう・・コミカルに演じようとされているように見えないのに、結果的にコミカルになっているというか、自然な滑稽さが好きだったりするので(←妙な表現ですが、、)、面白おかしさをあまり前面に出そうとすると、芝居というのはいささか不自然になってしまうのかなあ・・とか、思ったりします。まあ、よくわかっていないんですが、、
そうですね、ダウンタウンさんが好きだったので(今も好きですが)、リアリティというところに少し敏感になるのかもしれません。リンダリンダリンダも、一つ一つのシーンにリアリティがありましたよね?映像作品ですから、いろいろな表現があって当然ですし、演劇で言うと新感線さんみたいな作品もすごい好きなのですが、演技が一定以上作為的になりすぎたり、オーバーになりすぎたりすると、見ていて冷静になってしまう自分がいたりもします。まあ、リアリティというのは、とても難しいと思うのですが。。余談ですが、山下監督もダウンタウンさんがとてもお好きだったみたいですね。

自分は大学時代、一~二年ほど芝居サークルに居たことがありまして(ろくに芝居はできないのですが)、そのためか、演じる側の立場で見る側面も、少しあるのかもしれません。
自分が芝居を通じて学んだのは、芝居は難しいということでした(笑)。ですから、役者の皆さんは、とても苦労しながら取り組んでいらっしゃるのだと思うんですけどね、、二十歳くらいのときは浅野忠信さんが好きで、picnicとか、鮫肌男と桃尻女などをよく見ていました。あと、北野武監督も好きでしたね、、

いや、長くなってしまいました。自分の事ばかりすみません。ちなみに、自分も流れ星は結構好きでした。

by caps (2011-02-25 01:25) 

ジャニスカ

私もえらそうなことを言ってますけど、お芝居をしたことがあるわけではありません。
ただ何かを表現するという観点では、演出も演者も考え方は同じだし、到達点も同じだと考えています。
「演出」というのは目に見えづらいですけど、コメディだろうとシリアスだろうと必ず介在しているはずです。
我々が目にしているのは役者さんの表現力と監督の演出力が合わさったものだと考えられます。
「のだめ」だって監督が意図したキャラクターを
上野樹里ちゃんの卓越した表現力をもって作り上げたものではないでしょうか。
私は、三谷幸喜さんの映画は「ラジオの時間」しか見たことがないんですけど、
梅野泰靖さんや角野卓造さんといったベテラン俳優さんに関して言えば、
キャスティングそのものが監督の演出と言えるかもしれません。
ベテランの俳優さんたちは監督が細かい指示をしなくても、役柄の雰囲気を作り上げてくるし、
監督も自分が思いもよらない役作りをしてくることを期待してキャスティングしているところもあると思います。

私は映画やドラマをのストーリー語るときに「リアリティ」というのはあまり重要ではないと考えていて、
そもそもすべての映画やドラマがフィクションですから、
俳優さんのお芝居も含めて作り手の表現が「下手」なら嘘っぽくなるし、
逆に巧ければ、ありえない設定でも「本物」になってしまうものだと思います。
そのあたりのことは「感染列島」のレビューに書いています。良かったらご覧ください。
したがって役者さんの演技に引いてしまうことがあるのは、単純に「下手」だからと考えていいと思います。
舞台演劇ということになるとちょっと違うかもしれませんが。

私はお芝居を勉強したことがあるわけではありませんが、
素晴らしいシーンを目にすると、俳優さんの動きを軽くやってみることがあります。
当たり前ですけど、絶対にできないんですね(^^;。
俳優さんの目に見えない努力には常に敬意を払いたいと思っています。
そういう努力の跡が見えない俳優さんもたまにいますけどね、、、

by ジャニスカ (2011-02-25 19:26) 

caps

そうですね。リアリティという表現もいささか曖昧な表現なのですが(自分で言い始めたのですが、、)、多分、自分が申したリアリティというのは、役者の演技だったり、間だったり、そういったものを言おうとしていたのだと思いますが、うーん、そうですね、、
例えば「jin」であれば、幕末にタイムスリップするという、壮大な設定なのですが、見ていてスッと入っていけるところがありますよね?私は、ジャニスカさんのように緻密に、深い部分まで洞察しておらず、ボケーっとただ見ていることが多いのですが、そんな呑気な観賞法にも関わらず、自然に作品に入っていけるものと、見ていて「よくわからん・・」と思えてしまうことと、いろいろあったりします。
最近だと、流れ星は自然に作品に入っていけましたし、再放送されていた月の恋人を見たら、「うーん・・」というところがありました。

要してしまうと、演じ手におけるリアリティというのは、「役者が、作品を見ている人間に、本当だと思わせる力」のことなのかもしれませんね。想像力、集中力、洞察力、間、人生経験・・など、様々なものを総合して演技力と呼ぶのかもしれません。もちろん、設定だったり、美術だったり、作品にかかわる全てのものが総体となって、作品としての力になるのだと思いますが。


レビューを拝見していると、「ああ、そうだったのか」と気付かされるようなことが、今回の「虹の女神」でもありましたし、ジャニスカさんが作品をじっくり見ていらっしゃるんだなあということを気付かされます(逆に言うと、自分がどれだけボンヤリ見ているのか気付かされるのですが、、)。レビューされている作品の中で関心を抱いていたものがありましたので、何かの機会に作品を拝見できたらと思っています。今は、「夕凪の街 桜の国」と「山桜」が気になっています。
by caps (2011-02-26 00:44) 

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